「快! 快!!」

 インターフォンを激しく押しながら、瀬奈は快の名前を叫んだ。

「快! いるんでしょう! 開けて!」

 さっきから何度インターフォンを押しても全く反応がない。瀬奈は一度ドアから離れると、庭へ向かった。

 とてつもない不安が脳裏に暗くて嫌なビジョンを浮かばせてくる。首を吊っているビジョン、ガス自殺を図っているビジョン、血の海の真ん中に横たわるビジョン……。

 ――駄目っ……!

 庭へ進みながら、瀬奈はそれらのビジョンを打ち消すように激しくかぶりを振った。

 絶対に生きている!! そう念じながら庭に入りリビングの大きな窓に向かう。クレセント鍵が下りているのが見え、瀬奈は勢いよく窓を開けると、そこから中へ入った。

 ――死なせるもんか!! あたしが守るって決めたんだ!

 リビングの先にはダイニングキッチンがある。勢いよくそこへ駆け込んだ瀬奈は次の瞬間、はたと足を止めた。
床の上に包丁が落ちていた。

 慄然とし、思わず息が止まる。キッチンの床にひっそりと置かれた包丁。その光景はどう見ても異様だった。

「……」

 黒い柄の先にある銀色の刃。その刃先から放たれる鈍く曇った光が、瀬奈の背筋を粟立てた。

 まさか――。そんな気持ちを抱きながらゆっくりとその場にしゃがみ、震える手でそっと包丁の柄を掴む。すると、微かにだが温もりを感じ、瀬奈は再び慄然とした。

 ――まさか……。

 脳裏に、さっき消し去ったはずの嫌なビジョンが再び走る。瀬奈は慌てて包丁をしまうと、快の部屋へ急いだ。

「快!」

 叫びと共に勢いよくドアを開け放つ。と、そんな瀬奈の目に、カーペットの上でうずくまっている快の後ろ姿が飛び込んだ。

「快……!」

 瀬奈の声に快が顔を上げ、肩越しに瀬奈を見る。

「快……」

 瀬奈は思わず駆け寄ると、なだれこむように快に抱き付いた。「快……!」

 しっかりと両腕を快の背中に回し、強く抱き締める。

 生きてた……!

 安堵の波が一気に胸に押し寄せる。不安が強かっただけに、その反動も大きかった。

「……瀬奈」