ぼくは、ついに頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 お母さんの作ったぼくの大嫌いなグリンピース入りの野菜コロッケを残して、「シチューが食べたかったのに!」なんてわがままを言ったから、お母さんがいつも言うようにバチが当たったのかもしれない。

 だってそうでしょう。

 こんなこと、日常に起こり得ない。

 ぼくの前の座席に腰掛ける、紫色の派手なドレスを着た貴婦人は、上半身が透けて向こう側が見えている。「わたくし、この前死んだばかりなのよ」と喋る貴婦人は、汽車がガタガタ揺れるたびに、車酔いなのかハンカチを口元にあてて呻いた。
 天井からぶらさがった糸の先には、ぼくの手のひらくらいの大きさの蜘蛛がいる。陽気に歌をうたいながら、列車の揺れに乗じて体をゆらゆら揺らしていた。ときおり窓にぶつかって、貴婦人の目の前で止まると、「やめて!」と貴婦人にヒステリックな叫び声をあげさせていた。

 ぼくの頭くらいの大きさしかない(多分)人間や、喋る猫。ごつごつした岩の体が大きくて、頭が汽車の天井を突き破ってしまっている巨人。今にも子供が生まれそうだと喚くニワトリ。そんなニワトリから産み落とされた卵を見て、「夜が明けましたら、スクランブルエッグを用意させましょうか、ご主人様」と、クワガタに向かって話しかける老人。

 なんとも現実味に欠ける光景だ。

 夢を見ているのかもしれない。現実と夢がわからなくなるくらいリアルな夢だって、おかしくはない。

 けれど、ぼくのそんな気持ちを笑い飛ばすかのように、隣に座っていたうさぎが喋りかけてきた。

「ねえ、もったいぶらないで、そろそろ君の名前を聞かせてよ」

 町の配達屋のような恰好だ。大きな鞄を大切そうに抱え、真っ白な耳をふよふよ動かせている。大きな黒目がぼくをじいっと見つめた。