「あー、疲れた。毎回思うけど挨拶なんかいらねーだろ。誰が聞くんだよ」

保健室に着くなり、恭ちゃんはスーツを脱いでロッカーのハンガーへと掛けた。
ついでに、“猫かぶり恭ちゃん”の口調も脱ぎ捨てる。

ベージュ色した床に、白い壁、白いカーテン。

神聖な雰囲気の保健室に、今日の恭ちゃんの爽やか演出された紺色ネクタイがよく映える。

「……もう戻ってるし」

恭ちゃんの乱暴な口調に呆れながら、ため息を漏らした。

「戻ってるって、何が?」

ロッカーを閉めて、白衣を羽織る恭ちゃんが片眉を上げながらこっちを見る。

目もとで光るのはとても細い銀縁の柔らかい四角い眼鏡。
飲み会の時してた眼鏡とは違っていた。

「眼鏡、いくつか持ってるの? この間のと違う」

なんとなく話題にしただけだったけれど、恭ちゃんが驚きからか瞳を歪めたから、その反応に私も驚いてしまう。

答えに困るものでもないただの日常会話なのに、なんでそんなに驚くんだろうと疑問に思ったけれど。
その疑問をぶつけるより先に、恭ちゃんが表情から驚きを消して笑みに変えた。