レストランを出た後、彼女を送ったら俺はまたホテルに戻る予定だった。ジュニアスイートを押さえ、俺は一人で泊まるつもりだった。

「た、つみさん…」

エレベータを待っていると、裾をきゅっと握って引っ張られた。俯いていた彼女が顔を上げて頬を赤らめて、目を潤ませ呟いた一言。

【好き、です】

開いた箱に彼女を押し込むように乗せると、車を停めた地下駐車場ではなく、二十八階のボタンを押しながら、壁に押しつけるように口付けた。
二十八階に着くと彼女を抱き上げて部屋に向かった。すぐにベッドルームに向かい、口付けながらベッドに降ろして組み敷く。
彼女に戸惑って思い留まる隙を与えないように…。
俺も何て低俗で即物的だ…本能に任せてしまうなど。だが今はそれで十分だ…彼女は気持ちもない男に躯を委ねられるほど、阿婆擦れではない。
これはあの時の返事だと取れた。

「呉、羽…」

彼女の肢体に目眩すら覚える…膨らみの弾力と艶のある肌や嬌声の甘さ…簡単に俺から欲以外の全てを奪ってしまう。彼女を全て知りたいと思っている俺が…彼女に無理を強いる。
彼女を初めて腕に抱くなら、優しく柔らかく、甘く包むように…と考えていたにも関わらず、いざ彼女を前にすればそれどころじゃない。
きつく抱き締めて、噛みつくように口付けて、貪るように素肌も吐息も堪能する。恥ずかしがるのを暴いて、晒して…。

何度となく求めて温もりを感じ、名前を呼べる事に幸せを感じられる。腕に素肌を抱ける事が安堵と共に独占欲を掻き立てた。明日は朝からまた独占出来る…。


翌朝の呉羽は照れくさそうにおはようございます、と呟いてバスルームに向かう。
後ろ姿を見送りながら、俺は呉羽の衣類を拾い集める。脱ぎ捨てられた着衣は、昨夜を思わせた。
シャワーを浴びて戻った呉羽はバスローブを着込んでいる。

「あっ…ありがとうございますっ」
「着替えを用意しておいた。ひとまずこれに着替えて」
「あ…はい」

今朝、ホテルに手配させたベージュのスーツは呉羽によく似合っていた。
ホテルのレストランで朝食を軽く済ませると、急遽ホテルの部屋に呼び寄せたブティックのスタッフともう一つの寝室に入り、披露宴に出席する為の準備をする。
その間に俺はラップトップからのメールチェックや携帯で指示をして、着替えた。

「お連れ様のご用意が終わりましたので失礼致します。ありがとうございました」
「ああ、呼びつけてすまなかったな」

三人のスタッフはそれぞれ頭を下げて部屋を出て行った。しかし呉羽が出てこない。

「呉羽?」

心配になって部屋を覗くと、しなやかな体躯が黒に包まれた艶やかな姿があった。
アップにされた髪は柔らかく纏められ、耳には後から俺が選んだピアスが揺れる。項から背中のラインに欲情しそうだ。

「巽さん…」
「…出てこないから心配した」
「あの…私っ…恥ずかしくて…」
「…誰かに見せるのが惜しい…このまま部屋に籠もって見ていたいな」
「そ、そんなダっ…ダメですっ」
「そう言われると思っていたよ。さぁ…行こうか。君は誰より美しい」

呉羽の小物を入れたバッグを片手に、逆の手を差し出す。ゆっくり手を重ねられ、部屋を出た。



会場はこのホテル内だ。

「巽産業の巽省吾様…お連れの方は?」
「パートナーの相模呉羽だ」
「畏まりました。中へどうぞ」

受付を済ませると受付の男が呉羽に視線を注ぐ。入り口を開けられ、俺は呉羽をエスコートして中に足を踏み入れた。


「今日はわざわざありがとうございました。頂いたお祝いも輝一がコーヒー好きなので、とても喜んでいました」
「そうか、彼女の見立てだからな」
「本当にありがとうございます」

東雲は相変わらず礼儀正しく、しかし大学時代よりも柔らかくなった雰囲気で頭を下げた。