私がインペリアルリーフを選んだのは、立地・治安・宿泊価格が事前に調べてよかったから。一週間滞在して、延泊するならまた相談すればいいと思ったし。
まさかそのオーナーと知り合えるなんて思いもしなかったけど。

ウィリアム・コート・ヴォルフ氏…栗色の髪に冴え冴えとする碧眼、長身のスマートな人。エスコートも当たり前にこなして、常に気を配ってくれた。
日本人が彼と同じ言動だと気障って一言なのに、彼だと妙にしっくりくる。職場でも海外のお客様からナンパされたり声を掛けられたりはするけど、やっぱり彼みたいにスマートではないし、あからさまに邪念が見える。

その彼が二日目もガイドを買って出てくれた上、時間を共有したいとか私に興味があるとか…。
真に受ける事じゃないのはわかってるつもりだけど、やっぱり嬉しい。ただ私みたいな日本人が珍しいだけだって事もわかってるつもり。でもやっぱり落ち着かない。だって…すごくイイ男だし。翌朝は部屋まで彼が迎えに来てくれて、またレストランで朝食を摂ってから彼の運転するジャガーで出掛けた。
ロンドン市内一のショッピングモールには、参考になるところもありそうでワクワクする。…って…これは職業病?

何軒か見て回りながら、彼が見立ててくれた軽めのコートやトップスを買った。ボトムとブーツも可愛いのがあって、それもお買い上げ。
テナントがひしめくような感じではなくて、ゆったりした各店舗にディスプレイ。特に目立つポップがあるわけでもないけど、それでも目を惹かれる。
やっぱりお国柄の違いか日本より店員はべったり付いてくるところもあったり。
彼のお陰で買ったものは全てホテルに届けてもらえる事になったから、ゆっくり見て回れる。
さて…これからどうすべきか悩むのは下着。出来れば一人で見て回りたいけど…ランジェリーの専門店には男性店員もいるし、一人で買い物に来てるらしい男の人もいる。

気にするのは彼に失礼になるのかな?エスコートを断るのは彼には何だか失礼な気がして……。

「ここに寄ってもいいですか?」
「ええ」

彼は当たり前のようにドアを開けてくれて。店内にはソファがあって、何人か男の人が座ってた。

「あちらにいます」
「はい、すいません」
「構いませんよ。こういうところはお一人の方がいいでしょうから」

あ、やっぱりそういうものなんだ?そりゃあそうだよね。付き合ってるならまだしも、昨日知り合ったばかりの人だし。
ド派手にカラフルなものからシンプルな機能重視のものまで…見てるだけで楽しい。

「何をお探しですか?」
「大丈夫です。困ったらお伺いしますから…」
「レディにはこちらなんかどうですか?」

男性従業員が私に真っ赤なブラを押し付けようとする。

「結構です。ゆっくり自分で見たいですから」
「これなんかよくお似合いです」
「っ…止めて」

違うものを手にして、私の胸元に押し付けられそうになった。
その手を払いのけるより先に、グッと躯が後ろに引かれた。

「私の連れに気安く触れないで頂けるか?」
「…ぁ…ミスターヴォルフ…」
「え!?大変申し訳ありませんっ」

驚いた男性従業員は、そのままレジ奥に引っ込んだ。

「大丈夫でしたか?」
「…ありがとうございます…」

後ろから彼が私を抱き止めてくれていて、思わず安堵の溜息が漏れた。

「いえ…あなたが無事ならそれでいい」

一瞬見えた睨むような視線が嘘のように今は柔らかい…。

「もう一カ所、別の店があります。そちらに行きましょう」

彼に促されるままに店を出て、そこに向かう。その店では彼が女性従業員にすぐ話してくれたみたいで、付いて回られる事も押し付けられる事もなく、安心して見れた。上下のセットを五組と、ストッキングにハイソックスもいいのがあった。日本では手を出す気にもならなかったナイティも買って。

「お待たせしてすいません」
「…いえ」

誰かと携帯で話していたようで、私を見ると手早く話を終えて携帯をしまった。

「本当はお忙しいんじゃありませんか?」
「そうではありません。あなたを見ていると、顧客サービスについていろいろ思うところもありましてね。思い立ったら吉日です」

彼はそう言って笑う。ホテルのオーナーなのに偉ぶった感もないし、寧ろ【英国紳士】って言葉は彼から生まれたんじゃないかって思うくらいに紳士的。抱き止められた時も優しく腕に包んでくれて……。
ふと…彼の恋人の事を考えた。いるんじゃないか…じゃなくて絶対いる、よね。年は訊いた事ないけど私より上だろうし、こんなイイ男…放っとかない。
あ…私に興味があるって…ビジネスに役立ちそうって事?

「ミス遠野?」
「ぇ、あ…」
「気分でも悪くなりましたか?」
「ぁ…そうじゃないんです。ただ……」

彼は私の顔を覗き込むように続く言葉を待っていてくれてる。

「…紳士と言うとイギリスのイメージが強くて、【英国紳士】って言葉はミスターヴォルフの言動から生まれたんじゃないかって…ふっと思って……不躾にすいません」

取り繕うようにそう告げると、驚いたように目を見開かれた。でもすぐに微笑んでくれて…。

「あなたの為なら…私は紳士にも、盗人にも…獣にもなれます」

ゆっくり私の髪を一房手にして、甘く低く囁きながら…私から視線を反らす事なく、髪にキスされた――。