「遠野さ~ん、英語介添えです」
「はい、今行きます」

MVPをいただいた後、私は主任の役職までいただいた。回りはすごく喜んでくれたけど、私はそんな事を望んでいない。
私は車椅子でお待ちのお客様に近寄り、片膝を付いて屈み込む。

「お待たせ致しました、ご介添えさせていただきます遠野……っあ…」
「…お願いするわ、ミス遠野…お久しぶりね」
「伯爵…夫人……」

車椅子に乗った伯爵夫人が…日本に……じゃあ…彼、も…?あの彼女もいる、の?

「お願い出来るかしら?もしかしてお忙しい?」
「いえ…私でよろしければお付き合いさせて頂きます」
「よかったわ…あなたに嫌われなくて」
「とんでもございません…どちらからご覧になりますか?」
「そうね…まずはコスメティックを見たいわ。日本でいいものを教えて下さる?」
「はい、ではご案内致します」

車椅子をゆっくりと押して一階にある化粧品売場に向かう。

売場には国内で有名なブランドが並び、イギリスでもお馴染みのものもある。

「ミス遠野、あなたが愛用しているのはどれ?」
「私はこちらです」

【SOLO】の売場の前にお連れする。シンプルで他に頼らない素材やカラバリと、容器のデザインが気に入っている。

「私はすべてこちらを使っています」
「品のいい落ち着いた色ね…あなたのルージュはこの色?」
「はい。このお色目の落ちにくいものです。勤務時間中に直しにはいけませんし、お客様の衣服に付いてはなりませんから」
「そうね。私に見立てて下さらない?」
「はい」

伯爵夫人に求められるままに、口紅やアイカラー、ファンデーションから基礎まで…一式選ばせて頂いた。使ってみたいと言われ、専門スタッフにスペースを借りて、化粧直しをする事になった。

「まぁ…予想以上にいい色だわ」
「喜んでいただけて光栄です」
「次はスーツを見たいわね」
「はい」

何だか和やかで…私も楽しくなってきた。
スーツ売場では自然と笑顔になれて、他のお客様と接するのとはまた違った気分で。

「ミス遠野?」
「はい、伯爵夫人」
「今日の終業時間はいつかしら?」
「ぁ…本日は十八時定時となっておりますが…いつも予定通りには終われませんから……」
「待っていますから、私と一緒に食事をしましょう?」
「ですが……」
「気にしないで頂戴?少し朝食が遅かったものだから、ランチも遅らせるつもりよ」
「ぁ……」

ウィリアムも…いるって事…よね?どうしよう…会いたいけど…彼には合わせる顔がないのに…。

「ウィリアムがあなたに会いたがっているわ」
「っ……」
「あなたが帰国してから一月は、私邸からも出ずに引きこもって…私の病院に見舞いに来るだけの日々を過ごしていたの」

スーツの会計待ちの間に伯爵夫人は彼の様子を聞かせてくれた。陰気な生活をして、食事もまともにせず…華やかな雰囲気を持った彼がそんな…。

「会ってちゃんと話をしてやって?あなたにはかなり強引な男なんでしょうけど、それは気持ちが伴っての事だから」

ふと役職に持たされているPHSのアラームが鳴った。それは休憩を報せるもので…。

「何か呼び出し?」
「いえ…これから一時間が休憩時間になる合図です」
「それならランチでもしましょう?二人きりでならいいでしょう?」
「はい、伯爵夫人」

私は伯爵夫人とイタリアンレストランに入った。伯爵夫人は食事をしながら自分の事を話して下さった。自身が一般人だったせいで伯爵に苦労をさせてしまい、お姑さんから冷遇され続けた事…だから彼には相応しい身分の相手を選びたかった事……。

「私はあなたに八つ当たりしていたの…それなのに命を救ってくれて…本当に感謝しているわ」
「とんでもございません…出来る事を出来るだけの範囲でしたまでです。感謝されるような事では…」
「…ウィリアムの目が確かでホッとしたわ。息子には勿体ないくらいね」

伯爵夫人が私を褒めて下さって、胸の支えが取れたような気分だった。

それからまた和やかにお買い周りのお手伝いをさせて頂いて、私は伯爵夫人にきちんと彼に会うと約束した。彼に会ってちゃんと話をする。彼がどんな意味で私に会いたいと思っているかは不安だけど、わざわざご来店下さって、ご自身の事までお話下さった伯爵夫人にお約束をしたからには絶対に会わなきゃ。
伝えなきゃ…彼を愛してるんだって事――。