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シスター・オルランドへの手紙

9 妖精の戦略、熊の知略

――勘弁してくれ、アン。ここでの馬鹿騒ぎなら、秋にやったばかりじゃないか?

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19

「もうしばらくは、ここ(ダチェット)に居て頂けるのよね? そうでしょう、テディ」

エインズレイのティーカップを手に、アンが朗らかにこう言ったとき、スコーンをくちもとへ運ぼうとしたリルの指先が、思わず止まった。
朝食の席で機嫌の良いことなど、まずはないオーガストの眉間の皺が、更に深くなる。

ほんの一瞬ではあったものの、そんな風に明確に凍りついた場の空気をまったく意に介さず、テディはごくごく明るく、アンに応じた。

「ええ是非そうしたいですね、アン。ダチェットは久しぶりだし、せっかくなのでもう少しは。それに……気の合うあなたと、もっと深く知り合う時間も欲しいかな」

テディの戯言めいた返答に、驚くやら呆れるやらで、リルは蒼い目を丸くする。

……いくら親しい友人の夫人だからって、こんなに馴れ馴れしい口をきいたりして、とっても失礼だと思うの。
そうだわ。きっと、こういうひとのことを女たらし(ドン・ファン)というんだわ……。

アンの方はといえば、テディの軽口など涼しく受け流していた。
「それはよかったこと、テディ。是非、ゆっくりなさって。ねえ、オーガスト、わたし思うんですけど」

「なんだ? アン」
突然、妻に話を振られたオーガストが、爪先で額を弾かれでもしたかのように、顔を上げた。

「折角、お呼びしたお客様に、もっとダチェットを楽しんで頂いたらいいと思うのよ。ヘンリーとアーサーとシャルロッテたちも呼んで、うちで晩餐会を開きましょう? ダンスも良いわね」

ごくごく不機嫌に口を引き結んでいたオーガストが、妻への返事のために口を開くより先に、テディが明るい声を発する。
「それはいい、アン。晩餐と舞踏会とは、素敵だ」

アンは、なつっこくも聡明な笑顔でテディにひとつ頷いてみせ、オーガストに言う。
「じゃあ、いつにしましょう? オーガスト、あなたのご都合はどうかしら?」

「勘弁してくれ、アン。ここ(うち)での馬鹿騒ぎなら、秋にやったばかりじゃないか?」

「その結婚式以来、一度も客を呼んでいないとか? あれきり腕をふるう機会がないと、気の毒にコックが嘆いていたぞ? オーガスト」

テディがからかうと、オーガストの不機嫌に拍車がかかった。

「……テディ、わざわざ、君にうちの使用人たちの心配をしてもらうなんて痛み入るよ。執務室で、古い書類を漁っただけじゃ物足りなかったのか? 家の者に、色々聞き回ったりするとはね」

「別に、心配なんてしてないさ、オーガスト。ああ。そうだ、もうすこし執務室のものを色々読ませてもらってもいいかな? すまないね」
オーガストの皮肉を完璧に無視して、ごく朗らかな太い声で、テディが応じる。

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