ケータイ小説 野いちご

シスター・オルランドへの手紙

2 熊と尼僧

――しかし、オーガストの眉間の皺が、完全に消えたわけではなかった。

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ダチェット伯ともなれば、社交は仕事でもある。
けれど、オーガスト・ユースタスは、館に人を招くことを嫌っていた。

「気難し屋」と。
いつしか、そんなあだ名が付けられた。

気難しくしているつもりなど、本人にはさらさらなかったのだ。
オーガストの眉間の皺は、ダチェット伯として、スタンレー一族の長として、頭を悩ませる事々が引きも切らなかったために生じたにすぎない。
きまじめなオーガストが伯爵を継いだのは、まだ十八にもならぬころだったのだから。
なにより頭が痛かったのは、双子の弟たちだ。

だが弟たちの厄介ごとも、どうにかカタが付き、オーガスト自身やっと三十を前にして、この秋、最愛の妻を娶り、やすらぎを得たところだったのだ。

しかし、オーガストの眉間の皺が、完全に消えたわけではなかった。
オーガストの最後の心配のタネ。
それは、末の妹ユージニア・リリアンだ。

聡明にして慈愛にみちたオーガストの妻、アンは言った。

「心配しないで、オーガスト。あんなに愛らしい良い子が、幸せになれないはずなんてないのよ。だって私が、こんなに幸せになれたというのだから」

僕を幸せにしてくれたよりも、君が幸せだなんてありえないよと、らしくもない甘い囁きを洩らしながらくちびるを寄せる夫に、伯爵夫人は言った。

「大丈夫、とにかく私に任せて頂戴、オーガスト。そら、その素敵な眉間の皺にキスをさせて」

なにを任せろというのか、正直オーガストには皆目見当も付かなかった。
けれど、突然連絡を寄こした古い友人の話をオーガストがした途端、アンがこう提案したのだ。

「その方を是非、午後のお茶にご招待して頂戴な、私の旦那様。結婚式に来て下さらなかった方でしょう?」

むろん、家に客を招くのは好かない。
けれど、愛しいアンの願いをむげにできようか?
と、オーガストは、自分に問いかける。

それに、彼は特別だ。
古い、古い友人なのだ。ダチェット伯としての重責にがんじがらめにされるよりもずっと前の、少年時代を共に過ごした特別な友なのだ。

そうはいっても、かれこれもう、何年逢っていないだろう? 
オーガストは、過ぎ去った年月を指折り数える。

懐かしきわが友、セオドア・ウィリアム・バートラムとは……。

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