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シスター・オルランドへの手紙

7 伯爵夫妻とドン・ファン

わたしの言うことをちゃんと聞けたら、ご褒美に……

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14

どんどんおぼろげになっていく喋れていた頃の記憶を懸命にたぐりよせて。
リルはリルなりに、聞いて覚えた言葉と読んで覚えた言葉をくちびるで紡いでみる努力を、これまで懸命に続けていたのだ。

けれどそれが、きちんとできているのか、正しいのか。
声を出せないリルには、確かめようもなかった。

……こんなことをしても無駄なのかも知れない。
だって、オーガスト兄さまは、くちびるを読むどころか、わたしの話を聞こうともしてくださらない。
でも、アン義姉さまは違う。いつも、わたしの言葉を読み取ろうと心を砕いてくれる。

義姉の白いうなじにこぼれ落ちるストロベリーブロンドの後れ毛を見上げながら、リルは、そんな風に思いを巡らせていた。

けれど一方で、義姉の、そんな人間としてのすばらしさが。
ときにリルに、引け目を感じさせるというのもまた事実だった。

ひどくふがいない自分。
そんな自分自身に、リルは腹を立てずにはいられない。
その腹立ちは、アンへの子供じみた羨望を呼びさました。そして、そんな幼く至らない考えを抱く自分をまた、リルは嫌悪するのだ。

オーガストは、自分を疎んじている。
あの日以来ずっと、リルは、そう思い知らされてきた。

そんな兄オーガストの愛を、一心に受けるアン。
あの気難しい兄の心をも虜にしてやまない義姉に、眩しく憧れれば憧れるほど、時折、リルの心に落ちる影は、ひたすらに黒いのだ。

リルのそんな気持ちを受け止め、時に諫め。
そして励ましを与え続けて来たのが、シスター・オルランドだった。

「あら、これは?」
アンが寝台の上の、二冊の本へと視線を向けた。

……あの人が持ってきたの。
リルは、くちびるを動かす。
髭のしぐさをしたところで、アンがやっと、その意味を察しとった。

「ああ、テディが持ってきたのね。そういえば彼ね、あなたがまだ小さな頃に、逢ったことがあるって言ってたわ、覚えていて? リル」

ドーセット卿の次男で、名はセオドア・ウィリアム・バートラムだとか、オーガストとは、パブリック・スクールの同級だったとか。
そんなアンの説明にも、リルは首を傾げるだけだった。

あんな髭じゃ、顔なんてはっきりとはわからない。
それに、あの事故より前のことは、あまりよく思い出せないのだ
ただ、テディという名前には、どことなく聞き覚えがあるような気がしなくもない
けれど……。

スープ皿とナプキンが下げられた。
メイドが、アンとリルにティーカップを手渡す。

「本当に悪い殿方たちだわ……レディの部屋に上がり込んだ挙げ句に、手紙を勝手に読むなんて、ね?」
アンが囁くように言う。

「修道院に興味があるの? リル」
アンの問いかけは、あくまで穏やかでやさしい。

リルはちいさく頷いた。

アンが、言葉を継ぎかけたその刹那、廊下から声がした。
「リル、入るぞ」


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