――もしも。

「朝だよ。游暎、起きて。」

目覚まし時計の代役として、
上総の声が耳の中にスゥッと入り込む。

一日の始まりは常に最悪である。

目覚まし時計のみで目覚める事が出来るのならば、差して問題はないのだろう。
しかし、比較的低血圧な俺がその様な事を出来る訳もなく、毎朝俺を起こすのは目覚まし時計ではなく上総である。

そして俺を起こすと次に嫌味の二つや三つが飛んでくる。

毎日毎日。
どうして其れ程にまで嫌味を言えるのかが謎でならない。

これ以上粘ったところで無駄になる事は間違いないし、何より起きる事を拒否した分だけ上総の嫌味の数がどんどんと積み重なっていくだけである事を俺は身をもって経験している。

嫌々重たい体を起こすと、
起きた先にはいつもと変わらない。
気色の悪い笑みを浮かべた上総の姿が其処にあった。

「おはよう、游暎」
「……」

朝の挨拶をする上総に対し、
無言で返すと、何一つ表情を変える事なく唯々首を傾げて上総が俺の名を呼ぶ。

「游暎……?」

「……オハヨウゴザイマス」

上総はしつこい。
一度決めたことは絶対に曲げない。
今この状態で言うと、きっと俺が挨拶を返すまでこの場から逃がさないつもりだろう。
だから、渋々挨拶を返しながら、早く出て行けとばかりに仏頂面で顔を背けてやる。
しかし、一向に部屋を出て行く気配がなく、苛立ちを募らせた俺は上総を睨めつけた。

「? どうしたの? 游暎」

「どうしたのじゃねぇだろ……
とっとと出て行けよ……」

睨みつけられた意味がわからないとばかりに首を傾げる上総を見て、更に苛立ちは募っていく。

「ああ、なんだ。そんな事か。」

『そんな事』
上総の言葉にプツリと何かが切れた音がしたが、其れを向ける相手は次の瞬間には其処に居なかった。
代わりにバタンッと扉の閉まる音だけが其処に残された。
本当に部屋から出て行ったのだ。
あの、上総が。

いつもなら出て行けという度に居座ってやるとばかりの彼が何も言う事なく素直に部屋から出ていったのである。

その事実に戸惑いが隠せない。

「な、なんだよアイツ。……」

気味が悪い。


――もしも上総の性格が
歪んでは居なかったらの話。