――三歳。
意識も覚束無い俺にとって二つ歳の離れた彼は『ただの兄』だった
――五歳。
物心が付き始め、眉目秀麗、頭脳明晰。そして質実剛健な、抜け目無い彼の性質に本能がそれを捉えて『ただの兄』が『憧れの存在』に変わり始めた瞬間。

――十二歳。

手首に刻まれた痕。頬を伝って地面を濡らす雫。吐き出された吐瀉物。
そして、闇夜に浮かび上がる一つの妖艶な笑み。正に恍惚とした――表情(カオ)

十二年目の人生を迎えたその日以来、
『憧れの存在』は『恐怖対象』へとゆっくりと姿を変えた。

肉親を含む周囲の人間は口を揃えて言い放つ。
「良いお兄ちゃんに恵まれてよかったね。」
ちゃんと、お兄ちゃんの言う事を聞くんだよ?

『良いお兄ちゃん』彼は良いお兄ちゃん。
『言う事を聞く』兄の言う事は、〝絶対〟

其れはまるで『言霊』の様に、体の中へと、心の中へと、溶け込んでいく。
刷り込まれていく。
頭の中で畝ねる言葉が結合して、脳内の真ん中にずっしりと其れは重く構える。

「――游暎、お前は僕の『玩具(モノ)』なんだから、わかってる、よね?」

薄らと細められた瞳の奥に垣間見えた『冷気』が全身の力を抜き取り、息が詰まった。
唯々怖くて、怖くて、怖くて。
只管に。只管に。首を縦に振るだけの作業。
軈て薄められた『恐怖』の後に彼はニッコリと笑い「良い子だ」と小さな小さな幼い頭を撫でた。

その時から――
俺は実の『兄』に逆らえない体に強制的に『された』のだ、と理解したのは其れから亦数年の時を経た後。
其れでも、理解した後でも。
俺は実の兄に逆らう事が出来ないのだ。

心が反発を繰り返しても、決して抗えない。

こびり付いた鉄錆の様に――
体に染み付いた『恐怖』が否定する事を拒否するから。

俺は『玩具』
兄が飽きるまでずっと。

俺は彼の『玩具』なのだ