犬の世話や掃除、設計チームや生体研究チームの雑務など、一日の仕事を終えて帰路につく。

 昨日と打って変わって、今日は月が綺麗だ。

 真ん丸い月は空の低い場所に浮かび、濡れたような黄色をしている。

 深い色の部分は海だ。

 巨大なクレーターが月に影を生んでいる。


「目玉焼き……」


 生みたてのタマゴの黄身のような満月に、腹の虫が鳴いた。

 今日も晩飯は出来合いの物を買うとしよう。

 いったいいつになったら、僕は部屋の片付けが出来るのだろう。

 ちんたらちんたらと鞄を揺らしながら夜の街を歩く。

 今日は晴れているので店の先々に人の影があり、活気がある。

 今日は何を買って帰ろうか。

 美味しそうな匂いを漂わせる店全てに目移りしてしまい、なかなか決まらない。


 きゃんっ


 路地の奥で、犬の鳴き声がした。

 仕事柄、犬は得意だ。

 聞こえてきた鳴き声は、間違いなく昨日出会ったあの子犬のものだった。


 きゃんきゃんきゃんきゃんきゃん!

 バウバウバウ!


 昨日の子犬の声と共に、低い大型犬の鳴き声聞こえる。

 きゃぅん!

 子犬の悲鳴のような声が上がり、僕は路地に飛び込んだ。

 路地裏のゴミ箱の前で、犬がケンカをしているのが見えた。

 体の大きなサモエド系の犬が、スピッツ系の犬に噛み付いている。

 あの白い体に茶色の鉢割れ顔に巻き毛の毛並み。

 やっぱり昨日の犬だ。

 明るい街灯と月明かりの下で暴れる犬たちに向かって、足元の小石を拾い上げて投げ付ける。

 狙い通り石はゴミ箱に当たり、甲高い金属音が鳴り響く。


「よっし!」


 ナイスピッチングにガッツポーズを決め、音に驚いた二匹はそれぞれ飛び退き離れた。

 もう一つ石を拾うと、今度はサモエド系の犬だけを狙い、路地の壁に向かって投げる。


 ぎゃいん!


 壁に当たった石にひと鳴きすると、走り去っていった。


「おまえ、大丈夫か?」


 子犬の方を振り返ると、噛み付かれた右前足を舐めていた。

 白い毛並みが真っ赤に染まってしまっている。


「ほら、おいで。手当てしてあげるから」


 そっと手をさしのへて、子犬の額に指がふれる。


 きゃぃん!


 傷を舐めていた子犬は驚いたように顔を上げ、僕と目が合うと背中を向けた。

 傷ついた足によろめきながら、一目散に逃げ出す。

 ノラ犬だから仕方がないと思いつつ、ちょっぴり傷ついた。

 やり場のない手を走り去った犬が向かった先にのばしながら立ち尽くす。

 ノラ犬には思い入れがある。

 宇宙開発局にいる犬たちも、ほとんどが街をさ迷っていたのをスカウトしてきたのだから。

 巻き毛の子犬。

 スカウトできるノラ犬の条件を思いながら、子犬の行く末を案じる。

 ノラ犬生活は過酷だろう。

 次に会った時、生きている保証はないんだ。