僕が彼女に出会ったのは、雨が降りしきる夜のことだった。

 新しく宇宙開発局に配属され、引っ越しを余儀なくされた僕の部屋はまだダンボールだらけだ。

 そんな部屋で調理が出来るはずがなく、僕は慣れない街で店をめぐり、夕飯用のホットサンドを買った帰りだった。

 この雨で街は冷えきり、焼きたてと札の立っていたホットサンドもコールドサンドになってしまっている。

 傘をさしながら、僕は引っ越したばかりのアパートに向かっていた。

 街角を右に曲がったアパートの前、街灯に照らされたゴミ捨て場を通り過ぎて入口の階段に足をかけた。

 小段を上がり庇の下に入り込んでから、傘をたたんで雨水を飛ばす。

 その時、視界の端でゴミ袋が身じろいだ気がした。

 ぞくりと、背筋に冷たい物が伝った。

 それは襟首から入り込んだ雨水か、それともただならぬ空気を感じ取ってでた冷汗か。

 ゴミ袋が動くものか。

 きっと、目の錯覚だ。

 じっと、ゴミ袋の山に目を凝らす。

 街灯のランプが一瞬暗くなり、また明るくなる。

 切れかけ瞬く光がいっそう不気味な雰囲気をかもしだし――


 こそり


 そして、今確かにゴミ袋が動いたのだった。


「うおっ!」


 雨音に掻き消されるような声を上げ、僕は情けなくも半歩後ずさってしまった。

 お化けとか、そういう類を信じているわけではない。

 けれど、それでも恐い物は恐いのだ。
 どうせ、カラスかなにかがゴミをあさっているだけだ。

 そう思うも、確かめなければ妙な寒気は取れないだろう。

 僕は雨に濡れないよう気をつけながらその場から身を乗り出し、じっと様子をうかがう。


 にゃあ


 ゴミ袋の陰から黒猫が顔を出し、ビビる僕を嘲るように鳴いた。


「なんだ……」


 がっくりと肩を落とす。

 いや、別にお化けが飛び出してくるのを期待していたわけではないが、なんだか拍子抜けしてしまったのだ。


「アホらし……」


 僕は湿った髪を撫でると踵を返してアパートの中に入っていった。

 エントランスホールと呼ぶのもおこがましいような場所で、郵便受けをチェックする。

 空っぽだ。

 ま、引っ越して間がないので当たり前と言えば当たり前か。

 僕はたたんだ傘とホットサンドの入った袋、鞄だけを持って階段に足をかけた。

 そしてその時、度肝を抜くような出来事が起こった。