(代々木健介)

日曜日になった。


「……なんだこれは?」
午後四時、南斗プロレスの会場の正門前で、おれは顔を上げたまま硬直した。
「どうした健介?」
横にいた親父はおれの視線をたどった。


正門の横の壁に、大きなポスターが貼られていた。どうやら今日の興行の宣伝ポスターのようだ。問題はその内容だった。
それには散りばめられたハート模様、おれと南斗さんの顔写真と共に、こんな宣伝文句が載せられていた。


『リング上に愛の血しぶきが乱れ飛ぶ!若い恋人達が、カップルの未来をかけて死闘を繰り広げる!負けたら即破局!青春ラブラブ異種格闘技戦デスマッチ!今夜開催!こうご期待!』


最悪だ。


何なんだこれは?いつからおれと南斗さんが恋人同士になったというのだ?
「アングルというやつだな」
眉をひそめながら、親父が言った。
「アングル?」
「プロレスの世界の隠語だ。試合を盛り上げるために、選手同士が憎みあっているだとか勝手にストーリーや設定を作ることをアングルという。この恋人同士とかいうも、今日の試合を盛りあげるためのアングル。つまり嘘だろう。全くくだらんことを考えおって」
「……親父、プロレスのことを嫌っているわりには、やけに詳しいんだな」
親父は少し顔を赤くした。
「う、うるさい。ほら、さっさと入るぞ」
俺達は会場に入っていった。


玄関をくぐりながら、俺は思った。


俺と南斗さんが恋人同士……。


アングル……、つまり架空の設定なのに、妙に胸がときめいた。
いや、ダメだ。そんなことはありえない。そんな浮ついた気持ちで試合に望んでいてはいけない。


俺は頭を軽く振って、深呼吸をした。