(南斗晶)

日曜日に、健介君と山へハイキングに行く約束をしました。


そう、デートです。生まれて初めての、男の子とのデートです!


もう、毎晩ドキドキして眠れませんでした。気持ちを落ちつけるために、部屋で受け身の練習をしてたら、お母さんに怒られちゃいました。


前日になりました。その日は自宅の隣にある会場で、試合がありました。


試合中も、明日のデートのことで頭がいっぱいで、ウキウキしすぎて力が入り過ぎてしまい、序盤のヘッドロックで対戦相手を気絶させてしまいました。試合後、お父さんに怒られちゃいました。
でも全然気になりませんでした。


試合の後、着替えて控え室から出ると、同期のレスラーに話しかけられました。
「おいおい、何だよ今日の試合は?しょっぱいファイトしやがって」


同い年で練習生の、田山聡です。
幼い頃からの腐れ縁で、何かあるたびに私にちょっかいをかけてくる、嫌なヤツです。


「うるさいわね」
「それにしても、なんか今日のおまえ、ずっと機嫌がよかったな。早朝練習の時、鼻唄歌ってたろ?」
「何見てんのよ。気持ち悪い」


私は早足でその場を去ろうとしました。すると、田山も早足で追ってきました。
「何よ?ついてこないでよ」
「未来のエースにそんな口のききかたはねえだろ」
「そんな減らず口はヤングジャガーを卒業してからにしてちょうだい」


ヤングジャガーというのは、若手レスラーにつけられる呼称です。
田山のバカは、自分のルックスがちょっと格好いいからって、調子に乗っているのです。


「なあ、今日のおまえ、なんでそんなに、嬉しそうなんだ?……まさか男でもできたか?」
私は立ち止まって田山をにらみつけました。
「…………」
「なーんてな、そんなわきゃねえか。おまえみたいな筋肉女に彼氏なんかできるわけが」
「そのまさかよ」
ふふんと笑いながら言ってやりました。


「……え?」
田山は硬直しました。
「私、いまある男の子とお付き合いしてるの。あんたみたいにチャラチャラとしてない、しっかりとしたひとよ」
「……嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ。明日デートなの。だから準備で忙しいのよ。あんたの相手をしてるヒマはないの?……ちょっと聞いてんの?」
田山の顔を見て、私は眉をひそめました。


田山は、何かひどくショックを受けたかのような顔をしていました。