それからさらに半刻が過ぎた。

菊之助と段田は半刻前を最後に、互いに一切口を利いていない。

 春芝を探すのに夢中なのか、然らずんば百舌や黒煙の男の話の後で気が塞いでいるのか。

なんにせよ、多弁な彼らがこうも無口になる事は滅多にない。


「君ねえ……」


 黙りこくるのが苦手なのか、耐えかねた段田がついに、ぴんと張りつめた沈黙を破った。


「私の何が気に喰わないのかは知らないが、いつまでもへそを曲げるな。

空気が重い」

「何が気に喰わないかって?決まってんだろう。
旦那のそのすかした態度と、ひとごとのような口調と、ついでに言えば俺を」

「君が子供と言われるのには、ちゃんとした理由がある」

「なんだよそれ」

「常に自分の基準で考えて、自分の基準でものを言う。
君は正義感が強いようだが、甘やかされて図に乗りすぎている」


 菊之助は段田に指摘されたからなのか、すかさず抵抗にかかった。


「うるさいなっ。
つまりは、旦那があまりにも、神隠しに遭ったのは自分じゃないからいい、みたいな顔してるから、気に喰わないと思ったんだよ。
ちっとは心配しろよな」

「君は妖花屋で話した時もそうだったな。
神隠しに遭ったわけでもない部外者のくせに、君の言動は、今にもかどわかされた者を救いに行かんばかりだった」


 段田は菊之助の主張を、悉く鼻であしらってみせた。


「偽善者ぶるな、って言いたいのかい」


 菊之助は段田の白眼視を睨み返す。

虎にも劣らぬ威を含んだ鋭い瞳である。

しかし、


「己の考えを他人に押し付けるなと言っているのだよ。
私は君ほど人情に厚い性格でもないし、人助けなんかしたくもないね」


 菊之助だって、銭も出ない人助けなどまっぴら御免だ。

しかし、これを言うと綺麗ごとになるが、捨て置くことなどできぬ。