*


 江戸っ子は銭湯好き、と云われるだけある。

混浴であるにも関わらず、男女子供がみな同じ湯船に浸かって、ふう、と和んでいた。


「枝がつかえまさあ」

「田舎者でござい」


 狭い浴槽の中は、まさに芋の子と親を一緒に洗ったようである。

湯に入ればどうしても人の手足に指先が当たってしまうので、こうやって一声かけてから湯船につかるのが、先頭の常識であり礼儀だ。

 そんな窮屈な湯船に入る前に、菊之助は流し場でひたすら体に湯をかけ、百合を待っていた。

人目を憚るように肩を狭めて、だ。


 なにしろ、銭湯は混浴。

しかも豪胆な女どもは体つきの良い男を見ては、きゃあきゃあとはやし立てるのだ。

細身でしなやかな身体を布で隠し、菊之助は女に気を配るばかりだった。


「姉ちゃんよう、そんなに湯屋を楽しみにしてたのか?」


 正直な所、湯船につかるのは温かくてよいが、へちまの実で体の汚れを落とす作業のどこが楽しいのか、菊之助には理解しかねる。


「え?なんだって?」


 流し場で幾度も体を洗っていた百合は、朧げな菊之助の声に、百合はいまいちど耳を傾けるのだった。


「だから、どうしてそんなにも体を洗う必要があるんだい」

「そりゃあ、汚れを落として綺麗にするためさ。
女ならそれくらいしないと」

「俺あ、あったまるだけで充分だよ」


 菊之助はたおやかな身体を縮めて、体を流した百合と共に柘榴口をくぐった。

ここをくぐれば、すぐ前に浴槽がある。


「田舎者でござい」


 言うや、菊之助は急いで首から下を湯船に沈めた。

百合も湯に浸って、やっと一息つく。


「蓮兵衛んとこのおばさんが大根を半分くれたから、味噌でもつけて食べようか」


 百合が瞼を伏せる。

今はもう暮れ六つで、ちょうど晩飯時である。


「ああ、いいなあ大根。
味噌つけて食べようぜ」


 菊之助の食欲は早くも、長屋に帰って大根を炊きたいと要求している。

子供侍の顔は嘘が不得手なだけあって、恍惚に涎を垂らさんばかりである。


「もう、子供なんだから」


 くくっ、と歯を出して頬を緩め、百合は菊之助の頭を雑になでる。

菊之助はその仕草に、つい安堵へと誘われそうになった。

不満の意を表すのを忘れて、だ。