樹さんがいるカフェの扉を開けると、そこには信じたくない光景が広がっていた。

カウンターで、私に背を向けて立っている茜さんの顔を、樹さんが覗き込むようにして身を屈めていた。

二人とも黙ったままで物音ひとつさせていない。

樹さんと茜さんがキスしてる!?

衝撃的で目の前が真っ暗になる。

二人が親しい仲だとわかっていたはずなのに。

寂しさを埋めてもらおうと思っていたわけじゃないけど、どこかで期待していた。

開けた扉から手を離し、バタバタと階段を駆け下りる。

「千穂ちゃんっ……!」

後ろから樹さんの声がする。

声音が焦っているように聞こえ、戸惑いと期待が込み上げてくる。

それでも一階に下りて駅へ向かっていると、誰かに手首を掴まれた。

「捕まえた。もう逃げられないよ」

艶のある声が真後ろで聞こえ、ドキリと心臓が跳ねる。振り返ると樹さんがすぐそばにいた。

「どうしたの? もう帰るの?」
「……帰ります。樹さんと茜さんの邪魔をしたくないので」

口にして後悔。

拗ねたような口調になり、一人で嫉妬している面倒な女みたいになってしまった。

だけど、樹さんは嫌な顔ひとつせず、キョトンと目を丸くしている。