「樹、あんまり忙しくないんだね」
「うん。こうなると思ったから茜には家にいてって言ったんだよ」

二人がカウンターで仲良さそうに話しているのが気になって、注文したパスタは味がしなかった。

「ごちそうさまでした……」

席を立ち、帰ろうとすると樹さんが慌てた様子でやってくる。

「あ、待って。君の名前を教えてほしいんだ。ダメかな?」
「名前? 里崎千穂ですけど」

常連になるわけじゃないし、名前を覚えても意味がないと思う。

本当は行きつけのお店にしたかったけど、ちょっと違うかもって思った。

少しでも気に入らないところがあると全てが嫌になるのは、恋愛と同じで悪いところなのかも。

だから彼氏ができないのか……。

「千穂ちゃん……ね。よかったらまた来てよ。待ってるから」

樹さんが優しい声で、甘く蕩けてしまいそうな笑みを浮かべる。

「あ……ありがとうございます」

誰にでもそんな言葉を言っているのかな。

私は樹さんから視線を逸らすと、茜さんという女性には軽く会釈をして店を出た。

時計はまだ二十一時を過ぎたところで、家に帰れば家族は起きている時間。

何か言われるわけではないと思いつつも、憂鬱になりながら家へ帰る。

リビングへ向かうと、目を腫らした妹がソファに座っていた。