「ちょ、ちょっと、歩、どうして帰るの?宴会、まだ終わってないのに」

「ん?俺が一花不足で死にそうだから」

「は?私が不足って、一体どういう……それに、結婚ってわけわかんないし」

歩にひきずられるように歩いているのは、会社の近くの大通り。

住宅設計部の新入社員歓迎会に突然乱入してきたかと思えば「神田と結婚します」なんて宣言した歩。

私はその展開が信じられなくて、というよりも理解出来なくて、反論も何もできないまま呆然自失。

「一花と結婚しようと決めたから、住宅設計部の若い男たちを牽制するために宴会にも乗り込んだんだ。相模にどこで宴会しているのか聞いたら、思わせぶりに教えられたのが悔しかったけどな」

「あの、意味が……全くわかんない。
ねえ、私達、一年前に別れてるよね?それなのにどうして結婚なんて言ったの?みんなびっくりしてたし、私だって……」

「んー。俺は別れてもずっと一花のことが好きで、いつかは結婚するって決めてたから。
この一年、一花を取り戻す為に色々と根回ししながら待っていたけど、タイムアップだ。もう、俺のもとに戻ってきて、俺と結婚するんだ」

歩は大通りを走るタクシーを止めようと、私の腕を掴んでいない方の手を上げると、強い意志を感じさせる瞳で私を見つめた。
そろそろ22時。

通りを走る車の量も多く、週末だからか歩道を歩く人の流れも途切れることはない。

そんなざわめいた雑踏の中、歩に見つめられて、そして私も見つめ返す。

二人の視線が絡み合っている世界だけが、まるでこの世界の全てのような錯覚。

決して静かではない大通り。

けれど、何故か二人の間にある空気は雑音でさえ閉ざしてしまうようにひっそりとしている。