加奈子が営業部に異動して約2週間が過ぎた。

営業と言っても、加奈子が所属する書籍営業は圧倒的に内勤が多い。ルーチンの業務はいくつかあるが、中でも毎日欠かさずやらなければいけないのは、自分が担当する書籍の出庫調整作業だ。


ネット書店を含めた全国の書店や取次から、日々注文が入って来るが、新刊や売れ筋の商品は満数出庫(注文数でそのまま出庫する事)をするわけには行かない。

書店は委託販売をしており、棚に売れ残った商品は容赦なく版元へ返品して来る。従って確実に読者から注文のあった「客注」は原則出庫をするが、「補充」(棚の補充注文)については出庫を厳しく絞る必要がある。そうしないとすぐに在庫が無くなり、更に重版をしてしまうと、先行き過剰在庫を抱え会社に不利益をもたらしてしまう。


その作業は商品の残部数(在庫数)を睨みながら、書店の規模や性質、あるいは日頃協力をお願いしている書店か否か等を基準に行うのだが、これがなかなか大変である。しかも決められた時刻までに行わないと、出庫が遅れてしまう。

それと、会議がとても多い。部会、課会、編集との会議、社長室との会議等々。


ただし、加奈子はまだ担当する書籍がごく少ないため、さほど忙しくはなかった。そのため周囲の者より早く退社する事が殆どで、内心申し訳ない気持ちだった。


だが、その日の加奈子は違っていた。