9.
久しぶりに湖山さんのアシスタントだった。

諦められる訳が、ない。

カメラを構える湖山さんをつくづくと眺める。
一体何を考えているんだろう・・・。

もしかしたら武士が切りあう瞬間ってこんな顔をしてたんじゃないか、と思う。湖山さんはきっと、何も考えていない。何も。瑣末な事も大きなことも。一瞬前の事も、一瞬先の事も。過去も未来もない、誰のものでもない(もしかしたら湖山さんのものですらない)この一瞬を共にしている。

そうだ、そうなんだ、この一瞬の湖山さんを独り占めしている、俺だけが。この場所を、誰かに譲る事なんて・・・。



そして、カメラを下ろした湖山さんが俺を見て少し笑う。「終わった!」という顔。あの顔が好きだ。いつも、いつも、あの顔が好きだった。

つられて笑う。勢いをつけるみたいに、大っきな声で「おつかれさまーっす!」と言う。できるだけウルサイ位の明るい声で。自分のその声で、自分の想いの手綱を引いて、明るくて元気なだけの後輩、になる。

機材や書類を片付ける。エネルギーを使い切った湖山さんがたまにぼんやりするのを横目で見る。魂が抜けたみたいな顔。ちょっと無防備だ、と思う。ぞくん、と自分の中の何かが鳴って湖山さんを見れなくなる。片付けに集中する。

菅生さんが湖山さんに何か話しかけている。楽しそう。湖山さんがアイフォンを手にしている。デートの約束・・・?とか?

見ない、見ない、見ない。こういうときは誰かとくだらない愚痴を言い合うに限る。適当な相手を見つけて「おつかれさま~!」といいながら余計なおしゃべりをする。

「オオサワくーん」
湖山さんがいつもと同じトーンで俺を呼ぶ。振り向くと湖山さんがいつもと同じようにそこにいて、

「飯、食ってかない?」

でも、どうしようかな、と一瞬考える。諦めるんだろ?と自分の頭の中で自分が言う。

「・・・あ、用事がある・・・?」

あぁ、湖山さん!!



「いえ、ない!!ない、です。」

自分の心の中にいる声が俺の声帯を支配する。湖山さん、そんな顔しないで。あなたが誰に心を奪われようとも、あなたがこの俺を呼ぶ限り、あなたの側にいる。

ほら、空が紫色だ。スタジオを出る頃はきっと暗いのだろう。少し肌寒いだろう。湖山さん、ちゃんと、上着、持ってきた・・・?