ぼんやりとしたまま一日の仕事を終えた夕方、ロッカーで溜息をつく。

 今日、私が帰る家はどこなんだろう。

 先生が夏輝に説明をすると言っていたけど、あれはどうなったんだろう。

 もし、何か説明をしてくれているのなら夏輝の家に帰るのは不自然だし、でも、だからって先生の家にそのまま行くなんて……鍵も貰ってないし。

 一日中悩みに悩んだはずなのに、また悩みながら病院の職員玄関から出た。

 もしかしたらそこにいるかもしれない、という予想はあった。

「…………」

 相手は車に体重を預けて立ち、こちらに向かって手を振っている。

 私は反射で少し手を振り返しながら、小走りで近づいた。

「今日は丁度仕事をうまく切り上げられてね」

 言いながら先生は優しい目で見降ろしてくる。

「今日は、どんなお仕事だったんですか?」

 私は笑いながら、見上げた。

「今日は部下の手ほどきをね……少し」

 いつも通りレクサスの助手席のドアを開けてくれる。私はためらいもせずに、当然のごとく乗り込んだ。

「あの……私、今日考えていたんですけど」

「何?」

 先生は私のシートベルトを目視すると、エンジンをかけて発進させる。

「夏輝君のことですけど……」

「あぁ、今日会ったから言っといたよ。

 桜は時々俺んちで泊まることにしたからって」

「何か……言ってました?」

「ん? 別に。何か伝えたいことでもあった?」

「え、いえ……」

 まあ、そんなもんか。先生と付き合うと聞いても、少々驚いて終わりだろうな。所詮は給食のおばさんくらいにしか思ってなかっただろうし……。

「まあいいじゃない。うちの方が広いし、俺も桜にいてほしいし」

 笑顔の呼び捨てに心を打たれ、咄嗟に俯いた。

 途中、当然のようにスーパーで夕食の買い物をし、先生の自宅に帰る。先生は終始ご機嫌で、にっこり笑顔だ。

「先生、昔から油っこいもの苦手なんですか?」

「うーん、そうだね、好みかな。年とったからってわけじゃないと思う。まだまだ若いからね」

 玄関の前で鍵を出しながら、先生は答えた。

「そうですね。まだまだ若いと思います」

 私は笑った。

「あ、そうそう鍵、はい」

 先生は何の前後もなく、今玄関戸を開けた鍵を手渡してくれる。

「一個しかないから失くさないように」

「え……合鍵は? だって……」

 だって、私が帰らない時は先生は? と聞こうとして止めた。だってそれだと完全に同棲が決定したみたいではないか!!

「いらないよ。俺が1人でここに帰ることはないから」

 さらっと先生は言い切る。

「えっ、でも……」

「鍵なくしそうで不安? 合鍵作っとく?」

 言いながら、先生は玄関をくぐり抜ける。

「え、いや……」

 私もその後に続き、扉を閉めた。

「え、でも、例えば私が仕事の時に先生の仕事が終わったら?」

「待ってるよ。いつもの所で」

「夏輝君はどうするんですか? だって一緒に暮らしてあげないと……」

「俺が当直の時は泊まればいいんじゃない? ご飯は毎日作ってあげて、夜は帰って来ること。基本、俺は11時くらいじゃないと帰って来られないから」

 見つめられているのが分かったので、顔を上げられなかった。

「あ、でも、その……」

 俯いたまま、顎をとらえられた。

 キスされるかもしれない。

 予想が先走り、動けなくなる。

「まさかここの玄関でキスする日が来るとは思いもしなかったな……」

 頬がカッとなり、一歩後ろへ引いた。

 だが顎を持っている手も同じようについて来て、更に、まだ後ろへ押される。

 怖くなって少し後ろを振り返ると、もう壁で、背中がすぐに安定した。

 後ろに気をとられていたせいで、そこまで先生の顔が迫っていることに気付かなかった。

 唇に柔らかい感触が触れ、更に口をこじ開けられる。

 奥まで舌を入れられると、無意識に腕のワイシャツを掴んでしまう。

 それを察した先生は、腰に手を回してしっかり支え更に深く顔を傾けてくる。

 先生はどんどん攻め立て、こちらもそれに応えようと必死になる。

 息苦しさに唇を離したのは私が先だった。

 先生はすぐに首に舌を這わせる。

「ちょっ!! な、中!」

 シャツを引っ張り、中に入ろうと促す。

「何? もう中が?」

 低く笑いながら、太腿の間に手を入れられビクンと震えた。

「ちがっ、なかぁ……」