店主はアイラが後宮に仕えることになったと聞いて、涙ながらに送り出してくれた。人手がなくなるのは困るとは言っていたけれど、皇宮からの召し出しには逆らえない。

 仕事を早く終わらせてくれた上に、夕食まで持たせてくれたのだからイヴェリンがよほどうまく口をきいてくれたのだろう。

 アイラが家に戻った時には日は沈みかけていて、家を出る支度をするのに残された時間は少なかった。

「……娘を売り飛ばしておいて、自分は留守かっ」

 大声を上げるが、返ってくる声はない。

 アイラの父ジェンセン・ヨークは、昔は宮廷に仕えていた魔術師だと言うが、アイラからすればくそ親父でしかない。

 気に入った魔術書を買うための費用は惜しまないくせに、その出所についてはまったく気にしない。あげくのはてに娘を売り飛ばすのだから、手のつけようがない。

 父が戻った気配はないかと研究所内を見回したが、アイラが朝出て行った時と何のかわりもなかった。

「……どうしようもないなー」

 アイラははたきを手にすると、父の魔術研究所へと足を踏み入れた。彼は、家の半分を研究所にしていて、そこには彼が集めた魔術書が山と積まれている。