「スイマセーン。」


背後から間延びした低い声が掛かり、買い物帰りの中年女性は振り返った。

そこにはスーツを着た知らない男が、ニコニコと立っていた。

天気の良い昼下がりだったからかも知れない。

背は高いようだが、猫背で肩が前に突き出た男の姿勢が、あからさまに腰が低く見えたからかも知れない。

中年女性は警戒もせずに、糸目で微笑み続ける男につられるように笑顔を見せた。


「なぁに?」


「あの、国勢調査の確認でちょっとぉ…
タカダアパートって、この辺ですかね?」


男はジャケットの内ポケットから身分証をモソモソと取り出して、中年女性に見せた。

話し方どころか動作もいちいちスローペースで、可笑しさが込み上げる。


「役所の人?」


中年女性は苦笑しながら、男の手元を覗き込んだ。

名前は、タナカ シュウイチ。


「タカダアパートはアソコ。」


「ありがとうございますぅ。」


女性が住んでいる人間がいるのかと疑うくらいボロい建物を指差すと、男は何度もペコペコ頭を下げた。