様々な人と出会い、様々な土地を歩き、様々な風景を横目に視認するということは、己の、いや、私自身の見聞を広げる。ときには書物を読みふけり、難解な漢字が出現した際には困惑の表情を、私は浮かべる。現代のデジタル社会に反するかのように、電子機器は持たず、さらには辞書すら手元にはない。
 なので旅を生業にしている私にとって、年月が経過する度に〝友〟の数は減っていく。かつて同じ空間で教科書にいたずら書きをし、異性の話しで盛り上がり、音楽を奏で合い、お勧めの漫画を交換し合った友の姿を、海風を肌に感じながら、私は思いに身を馳せる。
 あれは一ヶ月前の出来事だった。日本列島を北から南下し、旅をはじめて既に十年が経過していたときだ。
 高校の同級生である、有村真治に出会った。私はいつものように方向音痴が姿を表し、迷いに迷ったあげく、気づけば森の中を彷徨っていた。目元に手を翳したくなるような陽光は成りを潜め、辺りは暗く、空気の暖かみは消え、肌寒い風が私の全身を射抜いていた。喉はからからに渇き、靴は摺りへり、二日前にお風呂に入ったシャンプーの爽やかな匂いは全身から消えていた。枯れ葉を踏み、生い茂る葉が風に靡く音だけが、私の耳奥を刺激し、生を感じさせ、内奥を鼓舞した。
 しかし、私は飢えと渇きから、目の前が残像を示し、膝から崩れ落ちた。いや、正確にはどんな風にして意識が遠のき土壌の上に倒れたのかは定かではない。崩れ落ちたと言えば、それ相応の演出効果がでるのではないか、と思った次第である。
 目を開けたとき、そこは土壌ではなく、温かい小屋の中だった。暖炉には薪がくべられ、火の粉が弧を描き宙を舞い、パチパチと小気味良い音を鳴らし、空気と同化した。
「起きたか」
 私は重い瞼を開き、虚ろな思考をクリアにせざるを得なかった。なぜなら、その声の主が有村真治だったからだ。
「有村!」
 私は思わず声を張り上げ、上体を起こそうとするが、自分の意志とは反し体は思うように動かなかった。
「無理をするな」と有村は不適な笑みを浮かべ、「お前、飲まず食わずで何をしてたんだ?」と、手に持っていたお盆を私の側に置いた。お盆の上には、おにぎりが二個と、沢庵、湯気を讃えた湯飲みがのっていた。 
「旅をしているんだ」
 私の発した言葉に対し、有村は無言だった。高校のときから変わらずのポーカーフェイスである。月日は経てど、彼の容姿に変化は見られない。むしろあの頃より生気が漲っている感じがする。陰を感じさせるふわりとしたミディアムヘアー。長めの前髪から覗く切れ長の目、眉。それらが雰囲気も相まってか、彼を取り巻く深い陰を増長させている。着物を着ているが、紐を解けば端正な肉体が露出するであろうことは、時折ちらつかせる手首周りの筋肉を見れば一目瞭然だ。