(しまった‼)

 早く。一秒でも早くこの場から逃れなくてはならない。闘争本能ならぬ逃走本能が、ひいひいと悲鳴を上げる。

 しかし、もちろんのこと、こんな状況で逃げ切れるはずもない。

吉郎は長身を生かした走りをし、渡り廊下の戸を開け、電光石火の速さでこちらまでやってきた。

そんな吉郎に、晴也はあえなく捕獲されたのだった。

「もう、つれへんやん。

なんで逃げんの?一日にして早くも俺の事嫌いになったん?」

 強引に腕を組まれ、渡り廊下の中央まで連行される。

もはや袋の鼠ならぬ、猫に咥えられた鼠である。成すすべをなくした晴也は、最後の頼みとばかりに、視線であの女子の陣に助けを求めた。

求めたが、彼女らはもうホモ疑惑のある吉郎に幻滅して、退散してしまっている。

「おやっ、あなたは秀才眼鏡君!」

 晴也を迎えた花子は、とろけるような笑顔になった。

 ―――彼女の本性を知らなければ、惚れているところである。

だが、晴也は知ってしまっていた。

 駆け寄ってきた花子が、げっそりとしてうつむいている晴也の面を覗き込んだ。

そして案の定、こう問うてきた。

「あれっ。眼鏡君、愛しのバレー部の準エース君はどうしたんですか?」

「細川ならとっくに部活ですよ……」

 すっかり生気の失せた、消え入らんばかりの声で晴也が答える。

 花子はさも残念そうに肩を落とした。

「そうですか。ああ、運動部とは酷なもんですね。愛しい人と放課後に話す暇も与えないだなんて」

 細川が聞いたら、ホモのホの字もなく卒倒するに違いない。

 いったい、花子の目はこの世の男たちをどういうふうに見ているのか。

ほとんど困惑した晴也は本気で、花子の視点から男子を視てみたくなった。