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 全くもって散々な目に遭った。

 やっと部活動が終了し、部室を脱出できた頃にはもう日が暮れている。

 式神は陰陽師が使役するどうのこうの、だとか言われて作ってみたが、結局、紙人形は微動だにしなかった。

「うーん、呪力が不足しとったんかな。それとも、本人の信憑度合か」

 などと、吉郎はあたかも、自分は紙人形を操作できるような口ぶりであった。

蓼食う虫も好き好きとはいえ、蓼を好まぬ他者に無理矢理それを食わせたって、美味しく頂けるはずがない。

 もう校舎には人っ子一人として残ってはいない。

強いて言えば教師くらいしか。

晴也は本館から出て、農業科棟を突き抜けた所にある下駄箱を目指した。

 農業科棟は職員室もないため、寒々しいまでに人気がない。

日が暮れて緋色の陽光も差し込んでこないので、棟の学舎は薄暗かった。

(無駄な時間を使ったかもなあ)

 がっかりとしてまた首を垂れる。

あんなはちゃめちゃな部活動では、ポイントなど到底取れそうにない。

部活を変えようにも、それに伴って必ず、退部というレッテルが張られる。

続けても辞めてもマイナスにしかならない。

 しかも、部員は吉郎一人しかいなかったというのだから不思議なものだ。

通常、部活動を立ち上げようとなると、部員が複数必要になる。

そこを、彼は一人でやって来たのだというから、疑問符がいつまでたっても消えない。




―――おおおん…………。




 ふと、晴也はその足を止めた。

「あれ?」

 強風が校舎のパイプの中を通ると、よくこんな音がする。

しかし、今日は雲一つとない快晴である。

外からも風は全く吹き込んでこない。

来ないが、




―――おおおん…………。




 確かに、遠巻きに咆哮にも似た音が聞こえてくる。

気のせいだな、と考えて通り過ぎるのが妥当だが、幻聴がこんなにも鮮明に耳に届くはずがない。

(農場の動物が鳴いてんのかな)

 農業科で飼育されている牛や鶏、犬や馬、山羊などの吠え声だろう。

しかしよくよく思案してみれば、どの動物もそんな声で鳴きはしない。

若干犬のような響きだが、牧羊犬はこの農業科棟から離れた小屋に居る。

いくら大きな声で遠吠えしようとも、ここにいる晴也には、うっすらとしか聞き取れぬ。




―――うおおおおん…………。





 晴也は固唾を飲み込む。





 なんだかそれは、発音のしかたといい、妙にはっきりとした「う」や「お」の言葉といい、

犬というより人間の怒号に酷似している。