こんなに仕事を振らなくてもいいのに。
田邊さんてば、いい歳して大人気ないんだから。


ブルーライトをたっぷり浴びた目に休息を与えるべく、あたしはパソコンから顔を上げた。


時計に目をやると20時を少しまわったところ。
繁忙期でもないからフロアはあたし一人ぽっち。
まだ当分片付きそうもない山積みの資料を眺めて溜息をついたとき、窓をパラパラと叩く音に気付いた。


驚いて窓を見ると外は雨。


「嘘!
今日雨が降るなんて言ってなかったのに」


朝の情報番組ののんきな気象予報士の顔を思い出して、自然と文句を言うボリュームも大きくなる。


あいにく今日は傘を持ってきていない。
だけど、高かったブランドのバッグも、買ったばかりのパンプスも絶対に濡らしたくない。


データをまとめるのに、あと1時間程度はかかるとして、帰る頃には止むといいんだけど…。
雲の様子を見ようと席を立ちかけたとき。


「───何だ。
まだ残ってたのか」


驚きの混じった低い声が聞こえた。


やけに耳に残る声に、あたしの胸はどくんと跳ね上がる。
驚いて振り返ると、真っ黒なスーツに身を包んで、遥か高い上空からこっちを見下ろすようなその顔つきは、間違いなく小泉部長だった。