「見ろよ。
経理の櫻井さん、今日も安定のかわいさ」


廊下ですれ違いざまに聞こえて来た男性社員たちの会話に、あたしは内心で溜め息をつく。


一体この人たちは、あたしの何を見て言ってるんだろう。
前髪も決まらないし、化粧のノリも悪いし、泣き腫らした目もファンデで隠しきれてない。
あたしはちっともかわいくなんてないのに。


ズル休みしようかとも思ったけれど、昨日打ち込んだデータを上司に確認してもらわなきゃいけないし。
和田さんに、失恋くらいで仕事を休む女だと思われたくないくらいのプライドは残っていた。


だけど、いつも通りポーカーフェイスで仕事をこなす和田さんを見るのはやっぱり悔しい。


昨日までは遠目に彼が見える自分のデスクがお気に入りだったけど、今日からは地獄だ。
和田さんのみならず、葛城主任も、小泉部長さえ勝手に視界に入ってきてしまう。


部署異動を希望しようにも、年度末まで3ヶ月もあるし。
そもそも下っぱのあたしに異動の権利があるか甚だ不安だし。
一体これからどうしろって言うのよ。


そんな考え事をしていたせいか、あたしはうっかりつまずいてしまった。