俺が生まれたのはお父さんとお母さんが結婚する前のことらしい。


すでに教職についていたお母さんと、現役大学生でお気楽なキャンパスライフを楽しんでいたお父さん。


接点のなさそうな二人だが、俺が予想したとおり、出会いはくさかった。


当時はまだ新米教師で、ベテラン教師に頭ぺしっとかやられてエヘヘとか言ってたお母さんと、未熟な鼻垂れ小僧ながら、持ち前の面の良さで、ピンク色の青春を謳歌していたお父さん。


二人が出会ったのは夜の電車の中だった。

二人が帰る時刻はだいたい一緒で、結構な回数顔を合わせていた。


遅い時間の電車だったので、車両は空いていて、人の姿はよく見えたが、二人はお互いのことなど、眼中になかった。


お父さんは地味な年上の女になど興味はなかったし、お母さんはお母さんで、一見好青年だが、どっかチャラそうなお父さんのことなどどうでも良かったらしい。


お母さんにはこの頃からすでに厳格な女性の片鱗が表れていたようだ。


ある日、お父さんはいつもの駅についたので、席を立って降りようとした。


そして、元来の間抜けな気質を発揮して、財布を置いていった。


「あの、すみません。」


電車から一歩踏み出した時、天使の声が山田青年を呼び止めた。

「これ、忘れ物です。」


そう言って、お母さんはにっこり微笑んだ。