主さまとは離れている生活をしているが、実際は離れている時間は少ない。

言葉を交わしていないだけで、主さまが眠っているはずの時間帯に屋敷を訪れると、主さまは決まって起きていて縁側に座っている。

時々視線は合うが、言葉は無い。


「地主神様が下さった手拭いで作った腹巻がすっごくあたたかくて最高なの!今度母様にも貸してあげようか?」


「あたしは腹出して寝たりなんかしないから要らないね。あんたが貰ったものなんだから大切にしな」


「腹巻?お前は寝相が悪いのか。それは意外だな」


銀が姿を現すと、息吹の表情が輝いた。

銀の耳と尻尾はとても魅力的だが――何よりも、銀が抱っこしている若葉と会えたのは久しぶりのこと。

この屋敷を飛び出してからというものの、銀は仕方なく若葉を連れ帰って世話をしていたらしく、若葉を息吹の膝に乗せると大きく伸びをした。


「おお、嬉しそうだな。やはりお前を母と勘違いしているのだろうか」


「わあ、若葉ちょっと大きくなったんじゃない?離れててごめんね。寂しかった?私と一緒に平安町に行っちゃう?」


久しぶりに息吹と会えて大喜びの若葉は息吹の胸に抱き着いて離れなくなり、遊びに来てくれた銀のために若葉を抱っこしたまま台所へ行ってお茶の用意をてきぱき整えた息吹は、人数分の冷茶をお盆に乗せて縁側に戻った。


…主さまは話しかけてこない。

息吹は山姫と銀と雪男に湯呑を手渡し、湯呑がひとつ残ったままのお盆をさりげなく主さまの方へと押しやる。

しばらく談笑していると、話に加わっていなかった主さまが湯呑に手を伸ばして一口飲んだ後、夫婦共同の部屋へと消えて行った。


「お前たちはまだ夫婦喧嘩をしているのか?そろそろ仲直りの頃合いじゃないかと思うが」


「…あともうちょっと。あ、そうだ父様に…や、母様の方がいいのかな。ちょっと相談したいことがあるの」


「なんだい?内緒話なら違う部屋で聞くよ」


月のものが遅れていることを相談しなければ。

――この時はまだ軽い気持ちだった。