焦げているといってもいいくらいに焼けた顔が3つ、ぬっと私たちの前に現れた。

「ねぇ、君たちかわいいね。名前、教えて?」

 3人揃って短髪なのだが、同じ店で、同じタイミングに切ってきたのか、と思うほどにそっくりな髪型だ。野球部かな、と私は勝手に想像する。

「あ、野獣は足りてますので、結構です」

「え?」

 目の前の3人が、私の隣に座る高梨さんを同時に見た。

「はい、野獣3名様入ります~」

 パンパンと手を2回叩き、高梨さんは威勢よく言い放った。奥のほうで男子が「うぃ~」と応じる。フランス語というよりは酔っ払いに近い声だ。

 唖然としながらも野獣男子3人組は入り口の黒のれんをくぐっていく。

「あれはM高かな。いやT工業かな」

「T工業だね。同じ中学だったヤツ、いた」

 背後で男子の声がしたので、私はぎょっとして振り向いた。涼しい目をした堀内くんが高梨さんの後ろに当然という顔で立っていた。

「オイッス。ああいうのは、まゆみに任せておけば大丈夫。ちゃんと追い払ってくれるから」

 堀内くんは私に向かってそう言った。私は口を半開きのまま固まっている。

「ちょっと、なによ。私だってかよわき乙女なんですけど」

 高梨さんが堀内くんに向かって軽くパンチを繰り出した。

 それを苦笑しながらよけると、堀内くんは「まゆみは……」と腕組みをしながら口を開く。

「俺がいるから大丈夫でしょ?」

 私は即座に前を向き、目を閉じる。

 なにも見ていませんでした。なにも聞いていませんでした! ――呪文のように胸の中で繰り返す。

 心臓に悪いやり取りだ。そういうことは私のような部外者のいないところでするべきじゃないか、と内心で憤る私の横から、呆れたような高梨さんの声がする。

「アンタの場合、私をダシにして、ここで他校の女子をウォッチしてるんでしょ。……どう? かわいい子いた?」

「うーん。イマイチ」

「ほらね」

 高梨さんが肩をすくめる。

「俺、最近、理想が高くなっちゃって、全然ときめかないんだ。まゆみと比べると……どうしても、ね」

 うわー、うわー! 耳を塞ぎたいです、先生!

 これはいったい、なんの罰ゲームなんだろう。ふたりが仲良しなのはよくわかった。ホント頼むから、続きは私のいないところでやってください。

 しかしこの場で照れているのは部外者の私だけだった。高梨さんはシニカルな笑いを漏らすと小さくため息をつく。

「かわいい子なんていっぱいいるよ。ほら、ここにも!」

 突然指を差された私は、渋々高梨さんのほうを向いた。私はかわいいと言われるような容姿ではない。困った顔を見せると、堀内くんがフッと笑う。

「清水、怒らせたら怖いし」

「だねぇ。……はい、次にお待ちの方、ご案内しまーす!」

 高梨さんが進行係の合図を見て、受付の仕事を再開する。私は慌てて集計表に目を戻した。ぼけっとしていると高梨さんが受付係の仕事をすべてこなしてしまうので、強引に仕事を奪うようにしている。

 午後のお化け屋敷は一時的に20名ほど並んだけれども、どうやらピークは過ぎたようだ。

 1時間の受付担当はあっという間に終わり、私は高梨さんと堀内くんと別れて、ひとりでぶらぶらすることにした。

 ちなみに清水くんは私と入れ替わりで呼び込み係をしている。清水くんが廊下にいると、女性客が急増するから、ある意味彼にぴったりの係だと思う。そりゃ私としては複雑な気持ちだけど。

 そういうわけでお化け屋敷の近くにいるともやもやするので、できるだけ遠くに行くぞ、と勇ましく階段をおりた。

 暇つぶしにまた体育館を覗こうと思い、1階の廊下を歩いていると、綾香先生がこちらへ向かってくるのが見えた。

「高橋さん、どこへ行くの?」

 綾香先生はニコニコしながら近づいてきた。

「暇なので体育館へ向かっているところです」

「今はなにもやっていないよ。この後、演劇部だから準備時間なんだね」

「あ、そうですか」

 じゃあどうしようか、と思いながら綾香先生の顔を見ると、先生は急に目を輝かせて言った。

「ねぇねぇ。一緒にお化け屋敷行こうよ!」

「え? でも……」

「高橋さんはお客として入ったことある?」

「いいえ、でも、私は……」

「じゃあ行こう!」

 綾香先生は私が渋っているのを無視して腕を絡ませてきたかと思うと、ぐいぐいと引っ張る。来た道を戻ることになった私は慌てて「ま、待ってください」と抵抗した。

 しかし綾香先生は私の腕を離そうとはしない。そしてちょっとふてくされたように言う。

「だってひとりだと入りにくいじゃない。でもみんなが頑張って作ったお化け屋敷を見たいんだ。私、今日で最後だから」

 その言葉にハッとした。そうだ。綾香先生の教育実習は今日が最終日なのだ。

 抵抗していた腕の力が勝手に抜ける。

 綾香先生が私を見て嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。いい思い出になるわ」

「……私も、です」

 ふふっと優しく笑う声が聞こえてきて、私の心もふわりと宙に浮く。