音を立てないように冷たい廊下を歩く。
新造の部屋は、普段から場所に不満が出やすい位置取りだけれど、今日ほどそれを疎ましく思ったこともない。
人気が無いのもあって、廊下は音さえ吸い込まれてしまったかのように静かだった。
灯りもない廊下は昼間と違って不気味で。
少しだけ早足で歩いていると、
(……えっ)
人影があった。
具合でも悪いのだろうか、
壁に寄りかかるように座っている誰か。
暗くて顔も何も分からない。でも放っておいたら。
「あの…、」
ひた、と近づいた、刹那。
人影がじわり、と滲んだような気がした。
とん、
喉元に鋭い何かが押し当てられる感じ。
咄嗟のことで声も出せず身じろぎも出来ず、息を呑むにとどまった。
「誰。」
温度も色も何もない、無機質な声が耳を噛んだ。
「答えないと、殺すよ」
冷たく告げた声は、喉元に突き付けられた「何か」よりずっと冷ややかで。
その気になれば何の躊躇いもなく、私の喉元に突き付けられた何かがは私の命を奪う。
そんな確信を伴った、声。
鋭く尖った空気は、吸うだけでちくちくと肺を刺してくるようで。
無意識に喉がひゅう、と鳴った。
「どうしました」
何分そうしていたのか、
頭の中が白く塗り潰されていくような痛い沈黙の中、
別の誰かの声が聞こえた。
途端に、視界に入り込んでくる橙色と浅葱色の光。
「ああ、──さん。怪しいの、見つけた」
頭の上から降る、少しだけ感情が入ったような、それでも無機質な声。
「見つけた?そのお嬢さんの事ですか?」
「そうですよ。」
「怪しいでしょ?こんな時間にこんな人気の無い場所に来るなんて。」
声が2つ、流れるように通り過ぎていく中、灯りに照らされて白く光るのは、刃。
視界に映る浅葱色。
この京でそれが何を意味するか。
「新…撰組……」
人斬り集団の。
という言葉は咄嗟に飲み込んだ。
「ふぅん。それくらいは知ってるんだ。」
くすり。と笑う声。
「よく考えなかったの?いくら秘密の会談とはいえ護衛がつかないことなんて有り得ない…
「──、それ以上は。」
「聞かれても殺せばいいじゃないですか。」
「……!」
「どうせ、間者の疑いがかかった人間なんだし」
遊女なんて幾らでも代わりはいるでしょ?
嗚呼、
怖い。
この人は私を斬る気なんだ。
何故、こんな事に。
「何を、してはるんどす」
ぱん、と。
喉に触れていた白刃が退けられる気配。
圧迫感が無くなって、私はへたりと膝をついた。
つい先刻に聞いた声。
「何人たりともうちの遊女に手を出すんは、許しまへんえ」
少しだけ、泣きそうになった。