第86話 『小さな約束 後篇』 語り手 石田紫乃

 ……どこにでもある小さな一軒家で、どこにでもあるママゴトはしばらく続いた。
 そして、放心したように動けないパパを居間に残し、ママとミクは台所で料理を作り始めた。少し遅い晩御飯。すでにママが下ごしらえをしていたので、ミクと最後の仕上げをする。
「さあ、できたわよ。これはパパの分ね」
「……」
 三人で食卓を囲む。さっきと同じく家族の団欒がそこにある。しかし、ママは泣いていた。出来上がったカレーを食べながら泣いていた。
「……」
 カレーを目の前にしても、ミクは何の変化も示さない。何の動きをとることもない。
 パパも涙を落した。ほんのひと月前の、毎日がお祭り騒ぎだったかのような食卓がなくなってしまったからだ。ミクの成長を日々願い、人が生きる上で糧とする食事。でもミクにとっては……死んでしまったミクにとっては何の意味もなさない。
 それが、それが……たまらなく悲しかった。悔しかった。
 ……食後、ママが後片付けをしている間、パパはミクと二人でちゃぶ台についていた。
「……」
 ミクは相変わらず喋らない。もう生きていないミクが何の未練で幽霊として存在するのか、パパにはさっぱりわからなかった。
「ミク、お前の望みはなんだ? 俺たちともう一度一緒に暮らしたいのか? でもな、でも……お前は、死んでるんだ。あの世にいけないで苦しんでるのなら理由を教えてくれ」
 沈黙に耐えきれず、パパは泣きながらミクに呼びかける。
「……」
 しかし、ミクはそれでも何も答えない。
「俺たちがお前を忘れられないから……だからお前は浮かばれないのか?」
「……」
 ミクは喋らない。動くこともない。その妙な沈黙が二人の間に歪みを作り出す。
「何かやり残したことがあるのか?」
「……」
 ピクリ。