「最初の長靴をもらったのは、13の時でした」

 彼女は、スカートのすそから出ているそれを、嬉しそうに足を持ち上げて見せる。

 ファウスは、そのはしたない行為に眉をひそめたものの、何も言わずに目をそらすことにした。

 いまの彼女が24歳だというならば、それはもう11年も前の話だ。

 同じ長靴を、履き続けているわけではないだろう。彼女も、『最初の』と言ったではないか。

「私は、それで配達のお仕事は終わりだと思っていました」

 予想通り、ロニはそう続けた。
 
 暖炉から届く暖かさに目を細め、思い出すように空を見上げる。

「けれど、嫁がれたご主人様が、お友達に私を紹介して下さったんです」

 ファウスは──その言葉で、ぼんやりとだが話の流れが見えた。

 なるほど、と。

 玉の輿に乗った騎士令嬢は、友人にどうしてそんな幸運が手に入ったのかと問われ、手紙とロニのことを話したのだろう。

 そんな幸運の配達人がいるのならば、是非私にも。

 騎士令嬢の友達だ。

 そう、身分の高くない女性が多いだろう。玉の輿を目指す努力を、きっと惜しまないに違いない。

「今度は、その方を主人として、手紙を運ぶことになりました。前の時と同じように、雨の日に運ぶ事にしました。結構な身分のお相手でしたので……二年ほどかかりました」

 そこで、ロニの表情が少し寂しげに曇る。

「最初の長靴は、その途中でついに駄目になってしまいました。私も前より大きくなって、長靴が窮屈になってきたせいもあるのでしょうが、親指が飛び出してしまった時は泣きそうでした」

 ファウスは、別に彼女の長靴の行く末を聞きたい訳ではない。しかし、水を差すような野暮な性質でもなかった。

「私はまた、ぐしゃぐしゃの靴に戻ってしまいました……そうしたら、手紙を届ける先の屋敷の方が、前と同じような長靴を下さったんです」

 ふふふ。

 いままさに、真新しい長靴をおろしたばかりのような浮かれた笑顔で、自分の足を眺めるロニ。

 いくら貴族とは言え、よその使用人に長靴を与えるなど、想像も出来なかった。

 それほど、手紙を楽しみにしていたというわけか。

 しかし、ファウスには、いっそ『おそろしい』話に思えてきた。