伯爵家の執事頭は、ずいぶんと若い男性だった。

 ロニの目には、責任感の強そうな、厳しそうな人に見える。ただ、彼の主が手紙が気になってだんだん玄関に近づくようになってからは、時折小さなため息を落したりしているのを、ロニは見逃さなかった。

 若さのせいか、完璧な執事頭にはなりきれていないように感じる。彼女を出迎える目も、最初の頃は怪訝と不審の塊だった。しかし、だんだんと彼女と雨を見比べる動きをした後、静かに招き入れてくれるようになった。

 そんな彼と、ロニは今日初めてまともに話をした。

 他家の使用人に、執事頭が必要以上の会話を求めることは、これまでにはないことで、どうなることかと心配したが、それは杞憂に終わった。

 彼は、雨の日の秘密を知りたかったようだ。

 ロニにとってそれは、自分の存在価値と同義の話であり、何度も何度も考えたことでもあった。

 だが、奇術師が自分の奇術の種を明かしてはならないように、彼女もまた自分の仕事のためにそれを秘しておくべきだったのだ。

 前回の雨の日に、もしこれを聞かれていたら、ロニは答えなかったかもしれない。

 しかし、今回の彼女は覚悟に似た気持ちを抱いて、伯爵家に配達に来ていたのだ。

 これが、最後の配達かも。

 子爵家の令嬢である彼女の主は、盛り上がってきた恋の炎をおさめられる性質ではなく、毎日でも伯爵家に手紙を送りたがったのだ。

 長靴の誇りは、主には通じなかったのである。

 幾人もの女性の恋の手伝いをしてきたロニとは言え、屋敷では最下層に近い侍女だ。

 主人の気分次第で、簡単に首を切られる立場なので、晴れの日の配達を拒めば暇を出されるだろう。

 そう思ったら、ロニは気分が沈んでしまって、自分がこれまで信じてきた雨の話を、伯爵家の執事頭に語ってしまったのだ。

 脳裏に過ぎるのは、幸せになった幾人もの華やかな主たち。多くの屋敷を流浪しながら、ロニは雨の中を歩き続けた。

 その一番最後の雨の道が、この伯爵家。