プロローグ「茶色の革靴」


 東京郊外のマンション。
 東京とはいえ、閑静さが売りの住宅地ともなると、夜の十時を過ぎれば人通りも少ない。
 スーツ姿の男が一人、街灯に照らされた車道を自転車で走り抜ける。
 自宅マンションへの帰路だ。

「東京じゃないみたいだな」

 地方出身の男からすると、東京ならどこでも都会のような印象がある。
 しかし、このような人の姿もまばらな光景は、地元にいるような錯覚を覚えた。
 その気安さもあって、この場所にあるマンションを買ったのである。
 築21年、11階建の白い外壁。
 個性的なデザインでもなく、ごくありふれたマンションだった。

 男は、マンションの裏側にある駐輪場――ここもオートロックだ――へ入る。
 決められた区画に自転車を停め、きちんと鍵をかけた。
 ――チャリン。

「おっと……」

 男は自転車の鍵を落としてしまった。
 運悪く自転車のスタンドに当たり、跳ねた鍵は、駐輪場の奥の方へ転がる。