泡になれたら、良かった。
泡になりたい、とそう思った。


生まれて初めて人魚姫の物語に触れた時…これはなんて悲しいお話なのだろうと思ったけれど、本当はきっと悲しいだけじゃない。
悲しいけど、それ以上に人魚姫はそれでも幸せになれる道を選んだのだ。
泡になって消えてしまえば見ることはない。想うことも考えることすらない。幸せそうな王子様の声も顔も、王子様の隣にいる自分じゃない誰かのことも。


人魚姫が羨ましい。だって私はどれだけ消えたいと願っても、その先を見たくなくても、泡になるという選択肢すら与えられない。こんなことで自殺するなんて馬鹿げていると思うし、自殺はそもそも痛そうで怖い。そんなことはできない。でも泡ならきっと、痛くないと思うから。


想えば想うほど、思い出せば思い出すほど涙が溢れて止まらない。こんな顔で家に入ったらきっと家族がびっくりする。でも、だからってどこに行けばいいんだろう。やっぱりもう少し涙が引くのを学校で待てば良かったのかな。


「…海央(ミオ)…ちゃん?」


正面からあたしの名を呼ぶ声がした。なんだか懐かしい声だった。視界がぼんやりとしていることは分かっていて、それでも顔をゆっくりと上げた。目の前には…


「…陸…くん…?」

「うわぁ!どうしたの、海央ちゃん!って久しぶりだね。あーってそれどこじゃないか!ごめんね。えっと、どうしようか…あ、と、とりあえず少し落ち着いた方がいいよね。えっと、家に来るかい?ひとまずだけど。」

「…だ、大丈夫…り、陸くん忙しいでしょ…?」

「忙しくないよ。大学生って意外と暇なときは暇なんだ。それに、そんな顔した海央ちゃん、放っておけないよ。お節介かもしれないけど、でも気になるから…ひとまずおいで。」


優しい手があたしの背中を押してくれる。私はそれに抗う理由も無くて、内心助かったと思いながら、とても久しぶりに陸くんのお家にお邪魔することにした。


…本当は誰にも見られることなくいたかったけれど、かといってこのまま家に入らずにいれるほど、外の空気は私に優しくはなかったから。