「主さま…その子は葛の葉の…」


「…そうだ。葛の葉は殺された。この餓鬼の名は晴明と言う。今日からしばらくこの屋敷で預かることにした。晴明、この女は山姫と言う。今日からお前の世話係だ」


「…」


ある日突然、主さまが連れ帰って来た子供は…半妖だった。

主さまの側近として日々忙しく過ごしている山姫にとってはお荷物でしかなかったが…晴明は一言も話さず、主さまの腕に大人しく抱かれている。

まだ10歳程の同時に見えたが、無表情の中にも瞳だけは才知に満ちた光を湛え、ただの童子ではないことがすぐに窺えた。


「あたしがこの子の世話係を?いやですよ、主さまの世話だけで精一杯なんですから」


「…これは命令だ。衣食住の世話をしてやれ。…今は葛の葉と父親が殺されて心痛で言葉を話さないだけだ。だがいずれ話すようになる」


「…葛の葉は…殺されたんですか?あの子はいい子だったのに…」


葛の葉狐。

百鬼に加わってはいなかったが、人の男と恋に落ち、平安町で暮らしていた白狐だ。

何故か気になって度々葛の葉狐の屋敷を訪れていた主さまが連れ帰って来たこの少年は、人と妖との間に生まれた不運な子。

どちらからも、受け入れられることのない子。


「こっちにおいで。饅頭があるよ」


「…」


口は開かなかったが、手を差し伸べると主さまの腕から降りた晴明は山姫と手を繋ぎ、ぽつりと呟いた。


「…あたたかい」


「そうだろ、生きてるからねえ。葛の葉の骸はどうしたんだい?弔ってやったのかい?」


「…朝廷の連中に殺された。…必ず母様を取り戻しに行く」


幼いながらも深々とした声で決意を語る晴明の痛いほどの覚悟が伝わってきたが、葛の葉の道連れになってはいけないと考えた山姫は、握った手を強く握り返すと、晴明の前でしゃがんで顔を覗き込んだ。


「あんたが大きくなったら主さまが手伝ってくれるよ。ここに居る妖たちはみんな朝廷が嫌いなんだ。あたしも手伝ってあげるから、今はここで楽しく過ごすんだ。いいね?」


「…うん」


赤茶の長い髪と赤茶の瞳をした気の強そうな顔立ちの美女――山姫を見つめた晴明は、その瞳に吸い込まれそうになって山姫に抱き着いた。


「やっぱりまだ子供だねえ。主さま、この子の世話はあたしがやりますよ。主さまには任せてられないですからね」


「俺はもう寝る」


相変わらず無表情で言葉数の少ない主さまが部屋へ消えて行くと、山姫は晴明と饅頭を食べるために一緒に広間へと上がった。


これが晴明と山姫の出会いだった。