帰りの高速船の中は、釣果を自慢する男達やダイビング帰りの若者で混み合っていた。


せっかく神津島まで来て、トンボ帰りするのはもったいないが、明日、萌子は和菓子屋のパートが入っていた。

今日も明日も仕事を休んでまで、一泊する気にはなれなかった。

とりあえず今日は和也と留美の無事な姿をこの目で見て、確認したことで一安心しようと思った。


船室内で萌子は篤と並んで座り、窓から海を見ていた。


「あの二人、本気だなあ。」

窓から太陽の光を受け、眩しそうな眼差しで篤が言った。

「赤井さんに和也のこと、頼んだほうがいいかもな。」


留美があんなに美しい娘でなかったら、和也もこんなことになっていなかっただろう。

和也は大馬鹿だ。
萌子は思った。

「学校に事情を話して、なんとか卒業だけはさせて貰えるよう、お願いしような。だめかもしれないけど。」

「そうね。」

なんとなく納得出来ないまま、萌子はうなづいた。




ー七月。

杏奈の悪阻が治まるのを待って、杏奈と麻人の結婚披露パーティが開かれた。


二人が選んだのは、横浜の元町にあるカジュアルなフレンチレストランだった。

身内と十数名の友人たちを招いてのささやかなパーティだった。


萌子は初めて黒留袖を着た。

麻人の母が黒留袖を着るというので萌子も着ることになった。

慣れない着物など着たくなかったが、鏡に映った自分を見た時、『花嫁の母』という感じがして誇らしくなった。


杏奈は胸に沢山のフリルがあしらわれた純白のノースリーブのミニドレスを着ていた。

そのドレスは前にそんなに布を使っている癖に背中が大胆に開いていた。


「そんなの、結婚パーティには向かないんじゃない?」


結婚パーティの前夜、萌子は言った。

「大丈夫。オーガンジーのショール羽織るから。」

杏奈はそう言ったのに、当日そんなものは一切羽織らず、背中をぱっくり剥き出しにしていた。

靴も注意したのに
「ヒールの方が安定するんだよね。」と言って、今日も白いヒールの靴を履いていた。

(もう、この頃の妊婦は…)

萌子が若い頃は、妊婦がヒールの靴などとんでもなかった。

麻人は就活みたいなスーツを着ていた。きっと家にあるものを着たのだろう。

胸板が厚い麻人はスーツが様になっている。


杏奈と麻人は各テーブルに挨拶に回り始めた。

「杏奈、ドレス素敵。似合うよ。」

杏奈は女友達にドレスを褒められて嬉しそうに言った。

「これ、うちのショップのパーティラインなの。可愛いでしょ?
このイヤリングとネックレスもそうなの。いいでしょ?」


大ぶりのラインストーンのイヤリングとネックレスをつまむように、見せびらかした。

友人たちは杏奈のお腹を触らせてとせがみ、
「うわあ、ちょっとだけポッコリしてる。」

「だけど、服着るとわかんないね。」
などと騒いでいた。