惨劇の血生臭い地下室が嘘のようだ。まるで地獄から天国へ強制送還されたような景色の変わりようである。


 乳白色の壁、床、天井。
 広い待合室のようなこの部屋は、扉一枚のみが外の空間と繋がっている仕様だ。故に、窓が無い。更に言えば、壁に沿って設置された長椅子と、天井に規則的に並んだ蛍光灯のみで、面白みは一切無い。


 治療室。
 少女は怪我こそしていないものの、世界的企業。『サテライト』の恒例行事なのだろうか。採用試験の合格者はこの医療施設に搬送されている。


 もっとも。それは少女と青年の二人だけなのだが。


「まったく。とんだイレギュラーも居たもんだ」


 今は包帯が上着と成り果てている有り様の――輪郭に沿った顎髭が特徴的である――青年が、目の前で呆れた笑みをこぼした。
 彼の話す共通語である英語は、あまり流暢とは言えなかったが。


 齢二十の、煙草が似合いそうな青年。
 迷彩色のバンダナが頭部を覆い、押さえつけられた黒髪は後頭部で刺々しく突き出ている。


 ある程度の距離を挟んだ二人。長椅子に腰掛ける青年は、同じく正面で姿勢の整った座り姿の少女を見やる。


 黒コートの少女。
 不気味な雰囲気を醸し出していた目深のフードは、既に取り払われている。左目を隠す灰色の長髪。怜悧(レイリ)な美貌。病的なまでに白く染まった肌は、この世に生を受けた者とは到底思えなかった。


 精巧に作られた――人形のような。


 不意に鋭い、琥珀色の冷たい瞳が、物腰の柔らかそうな青年を避けるように、ようやっと声を発した。