「お父さーん。お母さんがのびてるー」
仕事部屋に入ってくるなり、息子がうわーと言った。
「うわーとはなんだ」
「だってこの部屋。墨があちこちに飛び散ってて、汚い」
「もう、取れないんだよ」
「お母さん怒るよー」
「・・・母さんにはもう呆れられているさ」
息子に連れられるようにして母の仕事部屋を空けると、確かに。千沙が机にもたれ掛かっていた。
伸びているという言葉が似合うのだが、これは。
「寝ているな」
小さく寝息を立てている。
「お母さん。疲れてる?」
「そうだな。ここんとこずっと机に向かっていたからな」
「机に座っているだけで疲れるのかな?」
「一時間目から給食までずっと座ったままでいてみろ。たぶん疲れるぞ」
「わかった。今度やってみるよ」
息子に布団を敷いてくるように頼むと、俺は千沙を抱えた。
すると、落とされまいと首にしがみ付いてきた。
起きたかと思ったが、どうやら違うらしい。規則正しい寝息は変わらない。
「布団敷いたよー」
「おう。ありがとうな」
布団に寝かせると、二人で千沙の寝顔を見る。
「よく寝てるね」
「よく寝てるな」
「お父さんもずっと書道してたら、のびる?」
そののびるという表現をやめさせよう。
全く。誰だ。こんな言葉を教えたのは?
・・・・千沙だ。絶対。
「父さんは疲れたら寝るし、腹が減ったら食うからな。そんなことは無いな」
「それ聞いてちょっと安心」
息子はその小さい手で、千沙の頭を撫でた。
心なしか、表情が和らいだ気がする。
すると、居間のほうから電話が鳴った。
出てみると、それは千沙の担当をしている編集者だった。
『あ、旦那様ですか。すいませんが先生いらっしゃいますか?』
「先生はただ今睡眠時間でございまして、しばらく起きてきません」
明らかに落胆した声が聞こえた。
『先生は一度寝たらなかなか起きてくれないからなー』
「俺は起こさんぞ」
無理やり起こしたら後が怖いからな。
『まぁ、いいですけど。他の出版社もそろそろ痺れを切らすころじゃないですかね?』
そういった途端。電話にキャッチが入り、メールやFAXが届いた。
『・・・来たみたいですね』
「だな」
『じゃあ、編集長には言っておきますんで』
「すまんな」
『それでは・・・』
切れた。