交差点の雑踏の音。
(宮本)「若林君、おひさしぶり!」
(若林)「ああ、こんにちわ。宮本さんか?」

(児玉)「よう、今日が平日じゃけえの、わしと宮本さんしか
来れんかったんじゃ。すぐそこじゃけえ15分ありゃいけるよ。
横断歩道渡ろう」

横断歩道の信号音。
車の音。雑踏。足音。
(児玉)「そこの角を曲がるんじゃ」

雑踏遠ざかり消える。
小鳥の声。三人の足音。
自転車の鈴。
足音だけがゆっくりと響く。

(宮本)「杏子は若林君のことが大好きだったのよ」
(若林)「え、うそだよそんな事。1度も聞いたことないよ」
(宮本)「ほんとよ。小学校の6年の時、皆誰が好きって言い
っこした時。あの無口な杏子が最初に若林君って言ったのよ」

(若林)「うそだよそんなの。本人から1度も聞いたことないよ」
(宮本)「当たり前でしょ。本人を前にしてそんなこと言えるわけ
がないでしょ。それでその時、若林君のどこが良いのて聞いたら、
死んだお兄さんにとてもよく似てるからって言うのよ」

(児玉)「へー、初めて聞いたのう、杏子に兄貴がおったんじゃ」
(宮本)「そう、ひとつ上のお兄さんだったんだけど、その前の
年に亡くしてるのよね彼女。病気だったらしいんだけど」

(児玉)「そういやあ、なんとなく兄弟みたいじゃったのうお前ら」
(若林)「そんなことないよ」
砂利道を3人が歩む音が続いている。

(宮本)「ねえ、憶えてる?私が若林君に手紙渡したこと?」
(若林)「忘れたよ、そんな事」
(宮本)「柴山さんのこと好きですか?って書いて渡したじゃない?
憶えてない?」
(若林)「憶えてない!」

(宮本)「彼女、返事がなくて落ち込んでたわよ」
(若林)「知らないよそんなこと。だって好きとか嫌いとか、
分からないよ小学生じゃ。わっ、いきなり立ち止まるなよ」

(宮本)「若林君!じゃ、今はどうなの?」
(若林)「むむ、いや、それは、それこそ妹みたいで、
ちょっと太めだけど何と言うか嫌いじゃないし、
どちらかと言うと好きだったかも?」

(宮本)「ほら見て御覧なさい。はっきり言って欲しかった
のよ彼女。その一言で幸せに死ねたのに。
男ってほんとに鈍感なんだから」