ケータイ小説 野いちご

光のもとでⅠ

第01章 友達
06

 白衣の人がアナログの鍵を開け暗証番号を入力し、カードキーを通すとカチリ、とロックの外れる音がした。
「さぁ、どうぞ」
 促され、ドアの先へ足を踏み入れる。と、厳重なロックからは想像もつかないほど明るい一室だった。
 部屋を前に、変な錯覚に陥り足を止める。
「翠葉ちゃん、どうかした?」
「あ、いえ――なんだか見たことがある気がして……」
「デジャヴ?」
「そういうわけでは……」
「ま、入って入って」
 私は白衣の人に背中を押されるまま部屋に入り、ダイニングテーブルのスツールに座らされた。
 じっくりと部屋を見回す。
 何もかもが同じなわけではない。けれども、部屋の雰囲気が自室に似ている。
 違うことといえば、ベッドとクローゼットがないことと、床から天井までの本棚に引き戸がついていないこと。
 逆に、この部屋にあって私の部屋にないものはダイニングセット。
 部屋の片隅に視線を移す。
 あの応接セット……。
 白い布張りのソファに楕円形のローテブル。あれはどう見ても私の部屋にあるものと同じものだろう。
 こんな偶然ってあるの……?
 白衣の人は、手際よくお茶の用意をして戻ってきた。
「じゃぁ、まずは自己紹介。僕は藤宮秋斗(ふじみやあきと)。この図書室の司書と、この棟全体の管理をしています。蒼樹は二個下の後輩なんだ」
 白衣を着た司書さんは穏やかな笑顔を見せた。
 蒼兄の二つ上ということは二十五歳……? 誕生日が来たら二十六歳になるのかな?
 司書さんを見ていて、「あれ?」と思う。
 誰かに似ているとは思うものの、誰に似ているのかがわからない。
 真っ直ぐな目と笑ったときの人懐っこさが誰かに似ているのだけど……。
 考えていると、ふたりの視線に気づきはっとする。
「一年B組、御園生翠葉です。兄がいつもお世話になっています」
 勢いよく椅子から立ち上がり、頭を下げたらくらっとした。
 目の前のテーブルに手を添え、体を支える。
 いけない――動作はゆっくり、動作はゆっくり……。
 呪文のように心の中で唱えていると、先ほど聞いた低い声と麗しい顔の持ち主が自己紹介を始めた。
「二年A組、藤宮司(ふじみやつかさ)。――御園生さんはよくここに来るから知ってるだけ」
 そんな挨拶を聞いていると、大好きな蒼兄の声が割り込む。
「ずいぶん素っ気無いな。一緒に徹夜で仕事片付けた仲だろ?」
 蒼兄は厳重なドアに寄りかかり立っていた。
「蒼兄っ!」
「いつからそこに……」
「蒼樹、もう終わったの?」
 各自思い思いの言葉を発する。
 蒼兄は脇に抱えていたファイルをカウンターに置くと、数歩で部屋を横切り私のもとまで来てくれた。
「翠葉、今日はどうだった?」
「どうもこうも、今日は入学式だけだよ?」
「そっか、そうだった。ところで翠葉、座ったらどうだろう?」
「はい」
 そこにクスクスと笑いながら、司書さんが新しいカップを持ってくる。
「淹れたばかりだから蒼樹も飲んでいきなよ」
「ありがとうございます」
「お茶の一杯二杯で蒼樹って優秀な手足が手に入るならいくらでも?」
「はは……要領の良さは相変わらずですね。今朝頼まれた資料、カウンターに置いておきました。全部持ってきたつもりですけど、足りないものがあれば言ってください」
「悪いね」
 司書さんはにこりと笑った。
 それらのやり取りから仲の良さがうかがえる。
 蒼兄の外での人付き合いを初めて目にした。
 新鮮な思いでカップを口に運ぶ。と――。
「これ……」
「ん? あぁ、このお茶ね。今朝、蒼樹に渡されたんだ」
 司書さんが見覚えのある缶を手に持ち見せてくれる。
「学校の自販機に入ってるもので翠葉が飲めるの水しかないからな」
 蒼兄が苦笑を浮かべた。
「カフェインが入ってるものや味の濃いものが飲めないんだってね? そこの棚に並んでる缶は全部翠葉ちゃんのお茶だから、いつでも飲みにおいで」
 司書さんは簡易キッチン脇にあるカップボードを指差した。
「……秋兄(あきにい)、何か忘れてない?」
「何が?」
 先輩が話しかけ、司書さんが答える。
 あ、れ? 今、先輩、司書さんのこと"あきにい"って言わなかった……? 私の聞き間違い?
「ここ、関係者以外立ち入り禁止」
「つまり、関係者なら問題ないわけでしょ?」
「あぁ、そういうこと……。基準値に問題は?」
「司、彼女は外部生だよ? 素材はいいはず。それを使いこなせないのなら、お前の力不足だな」
「ふーん……」
 先輩から険呑な視線を向けられる。
 気のせいだろうか。妙に居心地の悪さを感じる。
 そんな空気を読んでか読まずか、蒼兄がのんきに話し始めた。
「翠葉のセールスポイントは計算力かな? 正確だし速いよ? それは俺が保証する。物事は系統だてて教えればそのまま覚えられる。苦手なのは暗記。ほかは……そうだな、パソコンの入力もミスタッチなしでいける。書式や文例があれば応用させるのは得意」
「……なるほど、ならすぐにでも使えそうだ」
 先輩が不適な笑みを浮かべて私を見た。
 私は堪えきれずに蒼兄に訊く。
「これ……なんの話?」
 辛うじて苦笑を貼り付けている私に対し、蒼兄は満面の笑み。そして、後ろからは司書さんの軽い一言。
「それはね、翠葉ちゃんを生徒会役員に引きずり込もうって話だよ」
 一瞬にして頭が真っ白になった。

< 7/ 10041 >