姉に抱きしめられたことはない。もしかしたら、ずっと昔、出会ってすぐくらいの頃、何かの拍子で抱きしめられるというか、転んで抱き上げられたことくらいはあったかもしれないが、記憶にはない。
 柔らかいであろうその白い肌がまとう腕や胸の中に収まって、ただ、静かに息をすることができたのなら、どんなに幸せであろうか。それが例え堕落であり、周囲から罵声を浴びせられようとも、どれほど満ち足りているであろうか。
もう10年以上同じことばかり考えている。
もちろんこの気持ちは誰も知らない。
兄も姉のことをもちろん慕っているが、それは恋心ではない。兄が結婚しないのは、姉を好きだとかそういう理由ではない。
分かっているのにもかかわらず、一時疑って、頭から離れられなくなって聞いたことがある。
「もしかして、姉さんのこと好きなの?」
と。
 中学に入ったばかりの小僧が実兄に何を言い出すのかと思えば、肉親に恋愛感情を抱いているのではないかという、世間はずれも甚だしい質問。
 既に26の兄は
「え?」
 と顔を顰めながら半分笑っていた
インテリアにこだわったセンスの良い兄の綺麗な自宅で、兄弟でただ話をすることほとんどなく、その日もそのことを聞きにただ遊びに行ったと、記憶している。
「好きとは?」
 ソファに腰かけ、ご丁寧にコーヒーとジュースまでテーブルに用意するその大げさな応対が、更に年齢差を感じさせた。
「好きって……好きかどうか」
「そりゃ、嫌いじゃないさ。兄弟なんだし。
 良かったと思うよ。いい妹ができて。こればっかりは俺たちに選択肢はないからな。だから、こうやって時々食事に行ったり旅行に行ったりできるくらい仲がいい兄弟になれて良かったと思う」
「いや、そういうんじゃなくて……」
「え、女としてって意味?」
 兄は大人びた表情で見下した。
「というか……」