香蔵正美としてデビューして3年になるまだ新人扱いの香月正美は、今日もぼんやりパソコンの前からベランダの外を眺めていた。
 天気は随分いい。
 こんな日に外に出たくなるのは、若いからではない。ただ仕事がしたくない言い訳だと、素早く的確に自己分析する。
 一つつく溜息は深い。
 それは、締め切りが迫っていることからではない。
 先日、姉に会った。
 だからなんだ……。
 小さく、微笑。
 姉はいつもと変わらない。いや、出会ってからずっと変わらない。
 大きな瞳を優しく揺らし、瞬きするたびに長い睫毛は誘い、時々、こちらの気持ちをまるで見透かされたかのような、どきりとした、いや、ぎくりとした気持ちになる。白い肌は柔らかそうで、淡い化粧も交感的だ。薄い唇は赤々と健康的に輝き、食事の前もあとも、同じように艶めく。
 長い髪の毛も相変わらずだ。彼女が8歳の時に知り合ってから、伸ばしつづけ、ずっと背中の真ん中くらいの長さを維持している。さらさらで、つやつやで……。だがそこに指を通したことはない。
 ただ、なんどもそんな夢は見た。
 純粋無垢で、何も知らない、幼いあどけない表情でにこやかに笑うくせに、ふとした瞬間、ほんのその一瞬、まるで別人に成り代わったかのように、女として誘う。そういう表情をする。
 姉が、自分を誘うはずがない。
 そう、その証拠に彼女はその表情を誰かれ構わず同じように振りまいている。周囲にいる人、皆に同じようにふりまいて、誰しもがその誘いに自分自身を乱してしまうのだ。
 彼女のことを、誰も普通だとは思わない。皆、彼女のことは誰よりも特別だと思っている。だからこそ、混乱し、かき乱されるのだ。
 ある意味で姉は可愛そうな人だと思う。自分自身、自分自身を普通だと思い、そのように行動しても、誰もそうだとは思わない。彼女の周囲で、彼女のことを独り占めにしたいと願った輩は、それはもう数え切れないほどいる。
 誰もがそう思うことが、むしろ普通のことのような状況であった。
 きっとそれは今も変わっていないであろう。
 今の彼氏がどんな人かは知らない。
 だけどその人もきっと、姉に群がる群集に耐え切れず、自ら辞退していくに違いない。   

その昔、姉が心にとめていた医師がどうしてあのような裏切りに走ったか詳しい事は知らないが、それでも、その特別な彼女の何かに耐えられなくなったのだろう。
 しかしそれも仕方ない。
 仕方のないことだ。