* 真夜中の海に、歌声は響く
「ねえディオン、何か怒ってる?」
数日かけて不気味な森を抜け、港町――クレタスに戻っている途中のことだった。
「怒っていない。どうして?」
「何ていうか……ディオンって無表情だから、つい怒っているように見えちゃうの」
「俺も、お前は常に不機嫌そうに見える」
フェイが口を挟んだ。
そういえば、ディオンと出会ってから、不快そうな表情(かお)しか見ていないな。
少しも頬笑みやしない。
感情豊かな妖精や精霊と接するため、精霊使いも自然に感情豊かになるものだと思っていたが……どうやらそれは間違いのようだ。
「もっと楽しそうな顔をしたらいいのに」
アンネッテは不満そうに言う。
「そういうアンネッテは常に楽しそうな顔をしているが、それはどうしてだ?」
まだ出会って数日しか経っていないが、アンネッテはずっとにこにことしている。
「だって楽しいもの。これからどんな物を見るんだろう、とかを考えるとね、胸がわくわくして落ち着かないわ。それに無表情でいるより、笑っている方が相手も心が温まるでしょう?」
「心が温まる?」
「ええ。和やかになると言った方が良いかもしれないわね。そう感じない?」
「……僕はそういうのがよく分からない」
え? とアンネッテは首を傾げる。
「自分で言うのも変だが……嬉しいとか悲しいとか、そういった気持ちの面に関して、僕は欠けている」
怒りや憎しみだけは、いくらでも感じるというのに。