飛高邸に戻ってきた聖は、昼食はいらないと言って自室に閉じこもっていた。絨毯に直に座り、ベッドに背を預けて天井を仰ぐ。
 
最初は沙都美のことを考えながらボーッとしていたのだが、徐々にそれ以外の出来事が思い出されてきた。
 
初めて。
 
初めて、人前で泣いた。今までどんなことがあっても涙を他人に見せることはなかったのに。それだけ沙都美の存在が大切だったということなのだろうか。
 
それにしても。
 
人前で……しかも女の子の前で泣いてしまうとは。考えれば考える程恥ずかしい。

頭の中で反芻すると耐え切れない程恥ずかしくなり、近くにあったクッションを手にすると、ボスボスと勢い良く叩いた。

(あああっ、恥ずかしいっ、こんなの俺じゃねえよっ)
 
しばらくクッションを叩き、少し気が紛れる。

(落ち着け。冷静になるんだ。こんなことで動揺していては駄目だ)
 
心の声に何度も頷き、深呼吸する。
 
どんなことが起きても沈着冷静に。それが自分のモットーだったはずだ。
 
一人で背負うにはあまりにも辛い出来事。それにも、立派に対処してきたはずだ。氷のように固く心を閉ざして。

(そうだ。落ち着け……)
 
冷静な自分を取り戻しつつあった聖は、ふと、右手に握り締めていた白いハンカチを目に入れた。それは、李苑が貸してくれたものであったのだが。