それから数日が過ぎた。

人見知りをしがちな聖は、紅葉や蓮に挨拶をするくらいが精々で、自分から話しかけることはほとんどなかった。それでも二人共気を使わせない雰囲気を持っていたので、穏やかな日常を過ごせていた。

そんなある日、聖は体力づくりも兼ねて湖のほとりを散歩していた。

今日は土曜日であるが、紅葉は学校で足りない授業の補習、蓮は部活の練習に出ていた。聖は一人で留守番というわけだ。
 
まだ学校に行く気になれない聖は、紅葉に言い渡された雑用をこなしていた。

事故の傷はほとんど癒えていたので、多少動いても苦にはならない。

(あれから二ヶ月……か)
 
勢いで飛び出してきてしまったが、あの後、両親はどうしたのだろう。

母はまた暴力を振るわれたりしていないだろうか。辛い目に遭っていないだろうか。
 
心配でたまらなくなるのに、どうしても帰りたくなかった。
 
あそこに戻ったら、大事なものがなくなりそうな気がしたのだ。帰ったら、壊れそうな気がした。

(何が壊れるっていうんだ)
 
もう最初から崩壊していたではないか。家族は皆、息の詰まる思いをしていたではないか。

ただ一人を除いて。

「……誰が?」
 
その“一人”が誰なのか、聖には分からなかった。そこだけ記憶に穴が開いてしまったようになっている。

(おかっぱ頭の女の子……)
 
紅葉が何度も聞いてきたその少女のことも、自分の妹だとは分からない。

あまりにも大きなショックを受け、頭を打った拍子に自分を防御するために忘れたのかもしれなかった。

(母さん……)